
中日新聞朝刊 2006.05.26
仕事中毒で家庭を顧みない夫と、自立を夢見て離婚を決意する妻…。二十七年前に公開された「クレイマー、クレイマー」(アメリカ)は、現代日本の問題を予言するような、示唆に満ちた映画です。
ダスティン・ホフマン演じる夫が、会社で大きな取引を成功させ意気揚々と帰宅すると、妻は荷物をまとめている最中でした。懸命に引き留めても、妻は疲れ果てた表情で「私が悪いの」と言い残し、七歳の息子を置いて出て行ってしまいます。
最初は、怒りと混乱の中にあった夫も子育てに向かい合い、朝食の支度、学校の送り迎え、本の読み聞かせと、かいがいしくがんばります。次第に仕事は二の次になり、過去の自分がいかに妻を孤独にさせていたかに気づきます。
一方、妻はカウンセリングの助けを得て元気を取り戻し、高収入の仕事を得たものの、残していった息子への思いは募るばかり。「息子を引き取りたい」と親権争いの裁判を起こしますが、現在の夫が過去とは違うことにも気づいていきます。
裁判で争いつつ、互いに相手を気遣う気持ちが生まれていく心理描写が、この映画の魅力です。裁判官の心証を良くするため、子どもを証言台に立たせることを勧めた弁護士に、夫が「それはだめだ、それならやめる」と負けを受け入れるシーン、息子を引き取りに来た妻が「やっぱりあの子の家はここ」と涙ぐむラストは、それぞれの成長を描いて、とても印象的です。
現代は、家庭を危うくする条件に満ちています。競争社会の中で、仕事はどんどん高度化し、ストレスをためこむ職業人は増える一方です。核家族の中での子育ては、お母さんの孤立を招きやすく、心身のバランスを崩す人も増えています。共働きをめぐる育児の夫婦分担のあり方がトラブルにつながることもしばしばです。こうした社会の中で、「だから子どもをつくらない」と選択するよりも、互いに気遣い合える大人の夫婦に成長していきたいものです。
Comments