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ポストを巡る自己愛の病理

朝日新聞朝刊 1998.11.21


 妹が先に結婚したり、弟が社長になったりすると、姉や長男のプライド、つまり自己愛が傷付く。嫉妬が怨念に変わり、復しゅう心に燃え出すと「お家騒動」が始まる。

 これが会社の人事がらみになると、揚げ足取り、はてはスキャンダル探しまで、権謀術策が講じられ、内紛すら起きて、組織の生産的エネルギーが破壊される。ローマ帝国はこうして滅んだという見方がある。

 仕返しなどの行動に走れない人は、お酒やギャンブルにおぼれることがある。いずれもストレス対処がへたで、こういう人が心気症やうつ状態になって、精神科を受診するケースがある。実力よりも自己評価の方が高すぎるといった自己愛の病理が背景にあるので、治療は結構大変である。

 人の心を200年以上にわたって和ませ続けている天才モーツァルト。その才能に嫉妬し、彼の死後、二流の作曲家サリエリが精神病院の片隅で述懐する場面から始まる映画『アマデウス』(1984年)は、ジェラシーを扱った作品としても注目される。

 モーツァルトは、軽薄なおしゃべりと下品な笑いを連発し、家庭を顧みないで酒も女性も好む遊び人として描かれている。そんな人物が、素晴らしいハーモニーの協奏曲や歌劇を次々と発表する。

 寡作で、さえない作品しか出せないまじめなサリエリは、プライドが邪魔して脱帽できないまま、嫉妬し続ける。サリエリの述懐は、モーツァルトに「レクイエム」の作曲を依頼し、疲弊させて死に追いやったという内容だったが、その真偽はわからない。

 現実の社会では、サリエリとモーツァルトほど才能に開きがなくても、後輩が先輩を追い越して上のポストに就くことがある。

 「たかがポストを巡る贅沢な悩み」とも言えるが、それをぜいたくと感じられないところに、現代社会の病理が潜んでいるようでもある。導いてくれる映画だった。

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