朝日新聞朝刊 1998.11.7
寒くなると朝、起きづらい。昼食後一時間くらいで眠くなる。だれもが体験する眠気だ。しかしお見合いとか、大事な商談の最中に居眠りをしたら台無しだ。こうした居眠りには睡眠不足が原因ではない場合がある。
二十二歳のある男性は、車を運転していて赤信号になって居眠りを始めた。三回目の青でようやく目覚めたそうだが、渋滞を引き起こしていた。彼はのんきな性格であっけらかんとしている。大声で笑うと、ガクンとひざの力が抜けることがある。
中学のころから居眠りに悩んでいた。周囲は変人扱いし、怠け者にみられた。人はいいし、仕事にも根気があるのに、肝心なところで力が抜ける。上司の勧めでいやいや精神科を受診した。
睡眠ポリグラフ検査では、入眠と同時に通常は出現しないレム睡眠を記録するなどでナルコプレシーと診断された。『眠り姫』もそうだったという二千人に一人の病気で、緊張してストレスが高まるときに発作的に眠なる。歩いていても突然眠りこけてしまうこともある。認知されて百二十年ほどたつ病気だ。
今は亡きリバー・フェニックスは『マイ・プライベート・アイダホ』(1991年)で、ナルコプレシーを演じた。自分を捨てた母を慕う男娼(だんしょう)の役で、まことに気の毒で痛々しかった。共演は『スピード』で一躍大スターの仲間入りをしたキアヌ・リーブスだ。
アイダホの景色が入眠時幻覚の中で、一挙にローマに飛んだり、またアイダホの田舎に戻ったりする。夢とも幻ともつかぬ世界を追体験しているような映画だった。 ナルコプレシーは過眠症群に含まれる。過眠症の大部分は中高年に多い睡眠時無呼吸症候群だが、若年の場合はこの病気の可能性もある。
二十二歳の青年は、メチルフェニデートという一種の目覚め薬を飲み始めて、居眠り発作が消え、職場での評判は回復した。
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