朝日新聞朝刊 1998.10.31
百万人をはるかに超えるといわれる米国のホームレスには、統合失調症が多いと報告されている。ケネディ大統領時代の1963年、五十一万床だった精神科のベッドがいきなり五分の一に削減された影響がまだ残っている。
施設への長期収容の弊害を批判する運動と、政府の医療費削減策があいまった結果だった。いったん始まった政策は後戻りしなかった。
日本でも「鳥には空を、魚には水を、人には社会を」という詩がスローガンになった。精神病患者が意欲を失って一生を病院で過ごすより、地域で生き生きと暮らすべきだという趣旨だった。
映画『聖者の眠る街』(1993年)は、そんな脱施設化後の都市を描いている。統合失調症で退院したばかりのマッド・ディロンは、暮らしていた廃墟ビルが取り壊され、巨大な体育館のような宿泊所に収容されるが、路上で車のガラスふきをしてチップをせびりながら、街で寝泊まりするようになる。
悲しみを内に秘めた聖者のような表情で、フィルムの入っていないカメラを手に、ホームレス仲間に向かってシャッターをきる。ときに示す無理に作ったような笑顔が忘れられない作品だった。
統合失調症は病状が安定するまでに五年、十年とかかる。退院して競争的社会に参入するストレスは大きい。二十四時間の手厚いケアを受けていたのが、服薬も食事も身の回りの細々したことも、一人でやらなければならなくなり、急激な自立を強いられる。 統合失調症患者の社会参加は、もとより施設を減らしただけで進むものではない。国内でもようやく援護寮や福祉ホームなどが出来はじめた。単身アパートや共同ホームへの自立退院や、退院後を考えた居住環境づくりも少しずつ進められている。しかし、まだ周囲の理解が十分とはいえない。
個々の患者に応じたきめ細かい援助が求められているのだが……。
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