自然との対話 家族のきずな

朝日新聞朝刊 1999.5.15


  モンタナ州ミズーラの小さな川の合流点。澄んだ風景の中で幼い兄弟は、長老派教会の牧師である父からフライ・フィッシングを伝授される。  ロバート・レッドフォード監督の『リバー・ランズ・スルー・イット(A river runs through it) 』(1992年)は、フライの聖典とされるノーマン・マクリーンの回顧録の映画化だ。  1926年春、クレイグ・シェーファー演ずる兄がダートマス大を卒業して六年ぶりに帰郷する。ブラッド・ピットが演じる弟は、地元で釣りの記事を書く記者になっている。  兄は自分が教職に就くことになったシカゴで、大きな新聞社の記者になるように弟に勧める。弟は「一生、モンタナで暮らす」と断る。酒を浴びるほど飲み、かけ事で借金を作り、生活が崩れかけていた弟を、何とか救い出そうとする兄だが、弟がフライを投げる姿を見て、「流れの中の岩の下のことば」を聞き取れるほどに自然に溶け込んでいると感じて、あきらめる。  父は教会での最後の説教で、弟について語る。「完全に理解できなくても、完全に愛することはできる」。それが家族なんだと。  まったく興味のなかった人も、この作品を見るとフライを投げたいと感じるだろう。家族の愛と、川と丘の風景が心に染みる作品だった。最近の『モンタナの風に抱かれて』といい、レッドフォードは、ハンサムでスマートなだけではない。いい映画を作る。  不眠症で月に一度外来を訪れる男性は、奥さんに死に別れて十年、息子家族と同居している。好きだったゴルフも飛距離が落ちてつまらなくなった。寂しさを紛らわそうと十年飼っていた犬も死んだ。  もう別れのつらさを味わいたくないと、最近は植物と話をするようになった。「草木と心をともにしています」。しみじみとそう語る姿を見て、老境の高みとはこういうものなのだと、教えられた気がしている。

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