中日新聞朝刊 2006.06.2
医師や弁護士といった職業に就くと、人間として偉くなったと勘違いする人がいます。ハリソン・フォード主演の映画「心の旅」(1991年、アメリカ)の主人公ヘンリーも、鼻持ちならない敏腕のエリート弁護士。
ところがある日、ヘンリーはストアで強盗に遭遇します。頭を撃たれて前頭葉を損傷し、記憶喪失になってしまいます。妻子のことさえ思い出せず、リハビリ・センターで心を閉ざしていました。しかしトレーナーの明るく粘り強いケアによって次第に回復していきます。
妻と娘は、自分たちのことを思い出せないヘンリーを悲しみますが、幼子のように純真で誠実な姿に喜びを感じるようになり、新しい家族関係を築いていきます。
少しずつ言葉や文字を覚えていくヘンリーは、弁護士事務所に復帰しますが「月給泥棒」といった陰口に傷つきます。妻の過去をめぐるいさかいも起きました。でも、今のヘンリーは、お金や地位よりも大切なものがあることを知っていました。
彼は、かつての「医療過誤」裁判で、病院側弁護士として不正な弁護をしていたことを知り、弁護士を辞める決意で、真相の証拠を原告の患者家族に届けます。「私は変わったんです」という宣言には、弱い立場を経験した人の強さがこもっていました。
「リハビリ」とは、損傷された機能の回復だけがゴールではありません。かつての能力が失われても、それに代わる新たな価値観を持って生きていける自己の再発見であると、この作品は語っています。
日本でも、頭部外傷や脳血管障害で前頭葉が障害を受け、不自由な社会生活で困難を抱えている人たちがたくさんいます。さまざまな後遺症をかかえ、職場にも復帰できない人たちです。最近になって、こうした「高次脳機能障害」回復センターが日本でも設置され、専門のリハビリテーションセンターも拡充しつつあります。
リハビリとは「全人間的諸権利の復権」という意味です。障害の受容と克服は多くの障害者の課題となっています。
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