中日新聞朝刊 2006.04.14
認知症の代表格・アルツハイマー病は、脳が萎縮していく病気です。進行すると、鏡に映る自分さえ見分けがつかなくなってしまいます。この病気をテーマにした「きみに読む物語」(2004年・アメリカ)をご紹介しましょう。 八十歳の老人が、記憶を失った妻に本を読み聞かせます。遠い過去の、せつない恋の物語です。 1940年代。アメリカ南部の避暑地で過ごしていた資産家の娘は、現地の貧しい青年と恋に落ちました。廃屋を見つけ「一緒に住もう」と夢を語り合います。でも、夏の終わりとともに、恋は幕を閉じ、娘は東部の大学に進んで、知り合った男性と婚約します。 青年は、一年間毎日、手紙を書き続けますが、娘の母親の妨害で、返事は来ません。青年は、都会に出て働き、従軍し、親友を失い、故郷に戻って失意の日々を送ります。そして、買い取った廃屋を取りつかれたように修理します。娘との約束を果たすために…。 過去の恋愛と現代の認知症ケア。無数の渡り鳥が飛び交う湖を背景に、時間を行き来しつつ、美しい物語が展開します。 妻の記憶の空白を埋めるために語り続ける夫は、ジェームス・ガーナー。コメディーも得意な俳優です。老いた妻はジーナ・ローランズが見事に演じました。 このドラマの二人が避暑地で出会った1940年代。日本では、同世代の若者たちが焼夷弾(しょういだん)の爆撃から逃げまどったり、「お国のために」と出征したり、挺身隊(ていしんたい)で青春を過ごしていました。 それから六十年あまり。世界一の長寿国となった日本では、多くの高齢者が認知症をわずらい、つらい戦争体験すら思い出せない状態になっています。二十年後には、認知症の人が三百万人を超える見込みです。 もしも、あなたが認知症になったとき、全力で愛してくれる人はいるでしょうか?高齢化ってピンと来ない、認知症なんて別世界、と思っている方。ぜひ、この映画をご覧ください。認知症については、ほかにも「ユキエ」「折り梅」など優れた邦画があります。