医療と医学 近くて遠きもの

October 10, 2018

朝日新聞朝刊 1999.11.6

 

 「小児マヒをもたらすポリオウイルスの解明に全力を投入していたのに、ワクチンの導入で、原因究明の研究費はゼロにされた。医療とはそういうものだが、医学はそれでいいのか」。もう四半世紀も前だが、高名な分子生物学者が語ってくれたのが忘れられない。実は、1960年の精神薄弱者福祉法制定以降、精神遅滞(知的障害)の医学は衰退の一途だ。精神科医は、様々な精神症状を伴う知的障害の患者に接してきたが、てんかん発作や幻覚の症状は改善できても、知能は上げられない。
 「頭が良くなる薬はないものか」と期待するのは痴ほうや知的障害者の家族だけではない。脳の血流や代謝の改善剤も出回っているが、期待を裏切られることが多い。 
  ダニエル・キース原作の映画『アルジャーノンに花束を』(1968年)は、そんな願いを題材にする。総合IQ七〇で、同僚からばかにされていたチャーリーは、実験用マウス、アルジャーノンで試した手術を受け、大天才に変身していく。本人は満足だが、精神は急激な知性の変化についていけない。不連続の人生に心は大きく揺れる。
 この対極を描いたのが『グッド・ウィル・ハンティング』(97年)だ。不良仲間と付き合うアルバイト暮らしの青年が、天才的知能の持ち主で、大学教授ですら解けない数学の難問をさらりと解いてしまう。しかし、彼は傷つくことへの恐れが強く、本当は自分が何をしたいのかを考えようとせず、知性をもてあそび続ける。精神科医がやっと心を開かせたとき、彼は才能を生かせる企業への就職をやめ、恋人を追いかけて西海岸に旅立つ。
 障害者の当たり前に暮らしたいという願いを保障するのがノーマライゼーションの根本理念だ。しかし、本人や家族の究極の願いは、障害が受容されることなのか、病気を治すことなのか。医師は、福祉やリハビリの前進で、満足していていいわけではない。

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