朝日新聞朝刊 1999.11.27
敗戦後に進駐軍相手の売春婦になり、精神的にぼろぼろに傷ついて発病した患者は、「夫はマッカーサーだ」と誇らしげに語っていた。もちろん夫というのは事実ではない。たぶん人生の「傷」とする思いが強く、その相手が無名の米軍人ではプライドが許さなかったのだろう。 世間はどう言おうが、とにかく自分を納得させないと生きていけないときがある。 売春は最古の商いとも言われる。男性優位社会の象徴でもある。「カネで体を売る」という仕事を「卑しい」とする見方は今も変わらない。援助交際が流行語になり、半ば「了解」されているようにみえても、表面から少し下の流れは変わっていない。 当事者のコンプレックスは、古典的な言い方ではあるが「体は売っても心までは……」という言葉によく出ている。遊郭を舞台にした物語はたいていこれだ。「卑しい仕事」は手段であり、貧しい家族を支えるためだったり、その結果としての犠牲だったりするという思いだ。 映画『モル・フランダース』(1996年)では、売春婦だったモルが、生き別れた娘に日記を読ませることで、自分の「やむを得ぬ人生」の事情を伝える仕立てになっている。原作は「ロビンソン・クルーソー」のデフォーだ。 孤児院で育てられ、高級売春館のおかみに拾われたモルは、解剖学を志す医学生から絵のモデルを依頼される。青年の純真な心に打たれ、二人は一緒に暮らし、妊娠中に青年は天然痘でこの世を去る。 出産後、おかみに見つかり娘と離ればなれにさせられ、新大陸に向かう。途中で船は難破する。モルは死んだおかみに成り代わって新大陸で成功し、九年後に娘を呼び寄せる。主演はロビン・ライト。助演のモーガン・フリーマンが渋く光っていた。 過去を清算する。映画はかなわぬ夢をかなえてくれる。波乱万丈、「人生にはいろんなことがあった」のである。