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映画は患者への心の栄養剤

朝日新聞朝刊 1999.8.28

  精神病と闘っている若い女性から『クール・ランニング』(1992年)という映画が良かったと薦められ、早速ビデオを借りた。  カリブ海に浮かぶレゲエで有名な常夏の島ジャマイカから、なんと冬季オリンピックのボブスレー競技に出場しようという、うそのような本当のお話だった。到底不可能だと思われても、トライすることに価値があるのだと教えてくれた。映画が心の栄養剤になるケースだ。  「人生はお前が見た映画とは違う。人生はもっと困難なものだ」というセリフが登場する映画がある。イタリア映画『ニュー・シネマ・パラダイス』(88年)だ。無声映画の時代から、村で一軒の映画館で働き、人生のほぼすべてを映画から学んだという映写技師のセリフだ。  彼は、子供の時から映写室に出入りしていた青年にそう言って、村を出ることを勧めた。  映画の否定ではない。この映画には『どん底』『揺れる大地』『ユリシーズ』など、往年の名画がふんだんに登場する。映画の面白さを十分に知っている青年に、現実と映画との往還を勧めたセリフだった、と私は思う。何よりも映画を愛する人が作った映画賛歌の映画だった。  映画の歴史は、たかだか百年。それでも一五万本を超える作品がある。毎日二本見ても二十年以上かかる。私も二千本ぐらいは見たと思うが、臨床医としては、病気と闘う知恵や勇気や自信を呼び起こすのに役立てたい、という視点で見ていることが多い。  映画は映像と言葉と音楽があるので、活字に比べて五感に訴えやすい。この欄で紹介した作品のいくつかは、実は、患者さんから教えてもらった。感性の鋭さに感心することが多かった。  治療にも資するように考えて、患者さんに「面白い映画でしたよ」と粗筋を紹介している。映画への夢を抱きながら、エールを送り続けたい。

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