現実には難しい後遺症脱却

朝日新聞朝刊 1999.7.31

 ロバート・レッドフォード監督・主演の『モンタナの風に抱かれて』(1998年)は、馬と少女の傷ついた心の回復の物語だ。レッドフォードは馬にささやく人、ホース・ウィスパラーと呼ばれる現代のカウボーイを演じる。  先週に続いて、外傷後ストレス障害(PTSD)を題材にした映画を紹介する。  ニューヨーク近郊に住む少女が、親友と一緒に雪の中を馬で出かけ、滑って転倒してトレーラーにひかれる。親友を失い、自分は右足を切断。馬も大けがをする。少女は将来を悲観し、登校を拒否して引きこもり、馬は人間を拒絶し、電子音に反応して暴れるようになる。  雑誌の編集長を務める母親は、娘と馬を数千キロ離れたモンタナの牧場に連れていく。雄大な自然の中で、レッドフォードと馬は、根比べのようにじっくりと、お互いの距離を詰めていく。これを見て、少女も徐々に心を開らく。  やっかいだったのは、むしろ働き盛りの母親かも知れない。モンタナから携帯電話で仕事の指示を出しながら、落ち着かない様子で組んだ脚をふらふら揺らし続ける。馬と同じ症状だ。 「いつもセカセカしているのは、男社会で生きていく女の知恵よ」と強がる半面、「朝起きても、あるのは不安だけ」と弱音を吐いてみたりもする。そんな母親にまで「ニューヨークに帰りたくない」と言わせてしまうのは、監督兼主演の「癒(いや)しすぎ」の悪乗りだったようだ。  二十代の男性患者は、止めた車で音楽を聴いているとき、集団に車を横転させられ、暴行も受けて頭や全身に大けがをした。意識が戻るのに三日かかり、不眠と悪夢に悩まされ、無気力状態が続いて仕事も失った。後遺症でも、保険会社は身体の傷しかみてくれない。抜け殻のような自分が情けないと言うが、なかなか抜け出せないでいる。  心の傷も、深い場合は脳に不可逆的な変化を及ぼし、回復が難しいことがある。

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