害なき妄想、責められぬが・・・

朝日新聞朝刊 1999.2.20


 学生時代に精神病院を訪問したときのことだ。インテリ風の紳士が近寄って来て、「わたしは一級建築士で、町中の有名な建物は全部設計した。そのうちエンパイヤステートビルより高いのを建てる。まあしっかり実習したまえ。」と言って立ち去った。その迫力と自信に「偉い建築家がなぜ精神病院に」と不思議に思っていたら、看護婦さんが「あの人の誇大妄想よ」と耳打ちしてくれた。  誇大妄想や願望充足的妄想は、本人の不安はほとんどない。自信に満ちあふれ、逆に周囲がストレスを感じたり不安になったりする。いじめに遭って周りがみんな敵にみえ始め、被害妄想に陥るのとは対照的だ。  現代のニューヨークに愛の貴公子ドンファンを名乗る男が出現したらどうなるか。演じるのはジョニー・デップ。最愛の人に失恋したといい、ビルに上って自殺を図ろうとする。思いとどまらせた精神科医をマーロン・ブランドが演じる。映画『ドンファン』(1995年)だ。  精神科医はリタイアの十日前。最後の診療を始める。デップは千五百人におよぶ女性との愛の遍歴を事細かに語り始める。本当だったらいいだろうな、とうらやましくなるような話ばかりだ。最初のうちは妄想扱いしていたのに、だんだん本当に思えてくる。精神科医は何が真実なのか混乱するが、家庭では妻フェイ・ダナウェイへのロマンチックな気分を取り戻す。  空想虚言にしても誇大妄想にしても、繰り返し言っている間に「真実」になり、人々を扇動するようになるのは問題だ。しかし、妄想も、本人や周囲に悪い影響を与えなければ別にかまわないじゃないか、という考え方もある。  何度もリメークされた名作『三十四丁目の奇跡』を見ると、本当にサンタさんがいると思えてしまう。子供がサンタクロースの存在を信じているからといって、責める大人がいるだろうか。