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リスボンに誘われて(2012年、独逸・瑞西・葡萄牙)

 過去と現在を交錯させながら、歴史の彼方に埋もれていた真実を、面接風に丁寧に暴いて行く作風で、リスボンの美しい町並を背景に人々の生き様を詩情豊かに描いた作品、『リスボンに誘われて』を紹介しよう。  瑞西の大学教授ライムント(ジェレミー・アイアンズ)は、出勤途上で、吊り橋から飛び降り自殺を図ろうした女性を助けた。彼は、彼女が残した一冊の本に目を通す。そこに綴られた一言一句に、ライムントの魂は大きく揺さぶられる。講義を中断して、本に挟まれていた切符を届けるために駅に走ると、衝動的にリスボン行きの夜行列車に飛び乗ってしまう。瑞西から葡萄牙までの列車の旅、それだけでも憧れてしまう。  リスボンに到着して真っ先に訪ねたのは、本の著者アマデウの家。さらにその妹や親友を訪ね歩くにつれて、若くして亡くなったアマデウの人生が徐々に明らかになる。独裁体制下の激動の日々を生きた彼の誇りや苦悩、レジスタンスの同志との友情と三角関係。アマデウと彼を取り巻く人々の人生を辿るプロセスは、ライムントが自己を見つめ直す旅でもあった。反芻されるアマデウの本の一節「我々が、我々の中にあるもののほんの一部分を生きることしかできないのなら、残りはどうなるのだろう」は、老境にさしかかった自らの人生を振り返る機会ともなって、映画作品を客観視できなくなり、遙か昔の青春時代の思い出が交錯するのである。そして遂に、アマデウが本を著した本当の理由に辿り着く。一九七三年は、智利と葡萄牙の軍事クーデターの歴史的な年でもあった。  主人公役のジェレミー・アイアンズ、シャーロット・ランプリング、レナ・オリンなどの実力派俳優陣が作品の厚みを増している。暖かな太陽、石畳と郷愁を誘う路面電車、橙色と白色の佇まい、そして断崖絶壁の大西洋、明日への希望に満ちた感動作だ。原作は「リスボンへの夜行列車」で四百万部売れたという。  いつの時代にも未来を見つめる青年期の心性を巧みに描き、葡萄牙でもあったレジスタンス運動の暗部を徐々に明らかにする作品だ。感動の涙がこみ上げるのは青年期への郷愁か、将又、忙しい日々の課題に追われてしっかりと自己を見つめる時を失っている後悔の念か、それは観衆の心に委ねなくてはいけないだろう。

第63回ベルリン国際映画祭特別招待作品 監督:ビレ ・アウグスト キャスト:ジェレミー・アイアンズ、メラニー・ロラン、ジャック・ヒューストン、マルティナ・ゲデック、トム・コートネイ、アウグスト・ディール、ブルーノ・ガンツ、レナ・オリン、クリストファー・リー、シャーロット・ランプリング 2012年/ドイツ・スイス・ポルトガル/111分/英語 配給:キノフィルムズ

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