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病の配偶者、支えられるか

朝日新聞朝刊 1999.6.05

  「亭主元気で留守がよい」とか「粗大ゴミ」と言われたこともあった。妻が健康であることが前提だった。妻が風邪で二、三日寝込んでも家庭は大混乱だ。その妻が心臓病や精神病になったら、夫のストレスは並大抵ではない。  映画『こわれゆく女』(1975年)は、ジョン・カサヴェテス監督の代表作だ。刑事コロンボのピーター・フォークが工事現場の主任役で、ジーナ・ローランズ演ずる分裂病の妻を支える。  よれよれのコート姿で、ところ構わず安物の葉巻の灰をまき散らす風さいの上がらぬコロンボが、自分は頭がいいと思っている容疑者に質問を繰り返す。最初は小ばかにして、ゆとりをみせていた容疑者も次第に顔色を失い、コロンボの知恵に脱帽する。  コロンボはときどき「いやー、うちのかみさんがね、こう言うんですよ」と、奥さんにかこつけて容疑者を攻める。シリーズに奥さんは登場しない。『こわれゆく女』の上映当時、コロンボは大人気だった。観客は「うちのかみさん」に注目した。  ところが、こちらのピーター・フォークはちっとも格好よくないし、妻の様子は悲惨で深刻だ。妻は家事が出来なくなったり、混乱したりすると職場に電話をする。急いで帰宅するが再発している。往診で注射を打ってもらうが、改善しない。ついにいやがる妻を半年間入院させる。  退院の日、職場の仲間や親せきがお祝いをしようと家に集まる。しかし、分裂病があまり改善していないことが徐々に明らかになる。気まずい雰囲気の中で一人、また一人と去っていく。やり場のない苦悩を、ピーター・フォークが見事に演じている。『智恵子抄』の高村光太郎のようでもある。  実際に、心を病む妻を抱えて、やさしく粘り強く支えながら、優れた仕事をしている夫もいる。少し意地悪く言えば、健康な配偶者に恵まれた人たちに薦めたい作品だ。

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