top of page

躁うつ病患者らへのエール

朝日新聞朝刊 1999.3.20


  精神病と緑内障の二つの病気を抱え、事故で聴力まで失った四十代の男性患者が、根気よくリハビリに励み、二十年ぶりに社会復帰した。高齢の母親が「本当によくがんばってくれた」としみじみ語ったのに胸を打たれた。勿論励まされたのは家族や患者さんだけではなかった。  映画史に残る名作『奇跡の人』(1962年・米)は、生後十九ヶ月で熱病のため盲、聾(ろう)、啞(あ)の三重苦を背負ったヘレン・ケラーの物語だ。  ヘレンの家庭教師になったサリバン先生は、両親が「ペット」のようにかわいがるヘレンに、厳しく「人間」として接する。ヘレンは気に入らないことがあるとすぐに暴力的になり、サリバン先生と激しくぶつかる。  ヘレンは、条件反射的に指文字で単語を覚えていくが、何を意味するのかわからない。そんなヘレンが井戸からくみ出される水に触れて「ワーラー(ウォーター)」と叫びながら、それまで覚えたのが、ものの名前だったと理解する場面は感動的だった。  この作品でオスカーを獲得し、人気者になったパティ・デュークは、十八歳で躁(そう)うつ病を発症した。 パティはリチウムや抗うつ薬を服用し続ける長年の闘病を踏まえ、九二年に『輝かしい狂気ー躁うつ病を生きる』を米国で出版し、あくまで個人の弱さであって、病気ではないと思われていた躁うつ病患者たちにエールを送った。映画で演じたドラマを、自らの心の病で再現したとも言える。  躁うつ病は才気あふれる人に多い。ハイになって張り切り過ぎると疲れて落ち込む。落ち込むと万能感に満ちたハイに戻りたがり、戻ると今度は遅れを取り返そうと焦る。この悪循環を断ち切るのが難しい。味気なくても、人生は細く長くがいい。  ところでサリバン先生を演じたアン・バンクロフトのその後はいかに。五年後に公開された『卒業』で、あのミセス・ロビンソンを演じた。

bottom of page