朝日新聞朝刊 1998.09.26
大企業の営業不振、金融破たん、史上最低の金利。出口の見えない不況。不安指数がかつてなく高まっている。 昨年の警察庁のまとめでは、自殺者は二万四千余人で、リストラや不況が関連した中高年の自殺が急増していると発表された。「なべ底不況」「円高不況」に続くピークを迎えようとしている。
恐慌を意味するパニックという言葉は、パニック障害という不安病の症状に使われる精神医学用語でもある。
ストレス指数でみると、解雇や失業は百点満点の四十七点、経済状態の変化は三十八点、借金やローンは三十点。合わせると軽く百点を超える。この不況は大変なストレスになっている。
不安は、漠然としたもの、失業や病気の心配など現実的なもの、さらに高所恐怖、飛行機恐怖や地震恐怖など特定の対象に限定されたものまで、実に様々である。繰り返し心をよぎる精神的な不安から、動悸(どうき)、息苦しさ、下痢、頻尿、手足のしびれなど身体を巻き込む不安まで、幅も広い。
ヒチコック監督の映画『めまい』は、高所恐怖症の元刑事が、容疑者を追跡中に同僚が墜落死して、高所恐怖が発症する場面から始まる。墜落の悪夢が反復され、少し高いところに上っただけで、めまいと悪夢が再現される。
外傷後ストレス障害(PTSD)として今ではよく知られるようになった病態だが、一九五八年にヒチコックがこれを題材に取り上げたのは、さすがサスペンスの巨匠と言われただけはある。
元刑事は探偵として雇われ、修道院の鐘楼から飛び降りる女性の自殺の目撃者に仕立てられる。これが妻殺しの偽装殺人だったことを暴こうと最後にはもう一度、鐘楼に上り高所恐怖を克服する。
恐怖症は、もっとも不安を感じやすい場所、避けている場所にあえて出向いて行かなければ乗り越えられない。教訓的な映画でもあった。
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