朝日新聞朝刊 1999.9.25
電車に乗って嫌でも目に入ってくる雑誌の「巨乳」広告にはうんざりする。テレビの深夜番組にも「Fカップ」がよく登場している。一方、モデルのようなスリムな体形を目指すダイエットやエステも盛んに宣伝されている。 自分の外見が醜いという観念に捕われた患者が時折、精神科を訪れる。 だれが見てもすごい美人なのに、小さなほくろを形成外科で手術してもらってから、傷跡で一層醜くなったと医者を訴えた女性患者がいた。手術前後の写真を別の外科医に見せても、手術は完ぺきだと言うし、ほくろの跡など素人目にはまったくわからない。 醜貌(しゅうぼう)恐怖とか異型恐怖といわれる妄想の一種だ。 先進国では、ダイエットを始めて拒食症や過食症になる若い女性が増える一方、豊胸手術を望む女性も多い。 『ブレストメン』(1997年)というテレビ映画をビデオで見た。「豊胸外科医」という副題も付いていて、借りる際に少しどぎまぎした。 1960年代、コスメティック外科の黎明(れいめい)期に、シリコンをおっぱいに入れて、大きくする技術を開発した米国の二人の医師の話だ。二人は大いにもうけ、「女性のストレスを解消した」と有頂天になる。一人はその後、女性の希望のままに巨乳手術をエスカレートさせるようになる。 しかし二人とも、シリコンが体内にこぼれて胸の形が崩れたり、ほかの病気を誘発したりした女性から医療過誤で訴えられ、次々に敗訴する。 乳がんの手術後に再発の不安も抱きながら、引け目や恥ずかしさが少しでも滅るように乳房を形成することと、健康な女性が普通にあるものをもっと大きくしたいという望みは、やはり違う。 美容は自費で、病気の治療は保険で、という区分はもちろん必要だが、それ以上に、病を治す目的ではなく体にメスを入れる行為に疑問を感じている。