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第20回 「第三の男」(英国 1949年)

 イソップ寓話集に「狼と仔羊」と題する小話がある。「仔羊が川で水を飲んでいるのを狼が見つけ、もっともらしい口実を設けて食べてやろうと思った。そこで川上に立つと、お前は水を濁らせ、俺が飲めなくしている、と仔羊に言いがかりをつけた。仔羊が、ほんの唇の先で飲んでいるだけだし、それでなくても川下にいて上流の水を濁らすことはできない、と言うと、この口実が空を切った狼は『しかしお前は、去年俺の親父の悪態をついたぞ』と云った。一年前はまだ生まれていなかった、と仔羊が言うと、狼の言うには『お前がどんなに言い訳上手でも、俺としては食べないわけにはいかないのだ』」

 第二次大戦後の占領下の維納が舞台だ。最初から最後までアントン・カラスの奏でるチターの音楽がBGMとなっている。無名の作家マーティンス(ジョゼフ・コットン)が、旧友ハリーに呼ばれて、米国から連合軍管理下の維(うぃー)納(ン)にやって来る。到着したその日、ハリーの葬式が行われていた。マーティンスは葬儀の場で英国のMPキャロウェー少佐と連れになり、ハリーが闇屋であったときかされ驚きを隠せない。  ハリーは生前女優のアンナと恋仲であったが、彼女と知り合ったマーティンスは、彼女に対する恋心も手伝ってハリーの死の真相を探ろうと決意する。ハリーの宿の門衛などに訊ねた結果、彼の死を目撃した男が三人いることをつきとめた。そのうち二人はようやく判ったが、“第三の男”だけはどうしても判明しないまま、マーティンスは何者かに脅かされ、門衛も殺されてしまう。  一方アンナは偽造旅券の所持でソ連MPに粒致される。それとも知らずに彼女の家から出て来たマーティンスは、街の物蔭に死んだ筈のハリー(オーソン・ウェルズ)をみつけた。マーティンスはハリーと観覧車の上で逢い、彼の兇悪振りを悟って、親友を売るもやむを得ずと決意したが、釈放されたアンナの心境は異なっていた。 しかしハリーが金儲けのために希釈したペニシリンの薬害で苦しむ患者の姿を目のあたりしたマーティンスは結局ハリー逮捕に協力する。囮となって彼をカフェに侍った。現れたハリーは罠と知るや下水道に逃げ込み、拳銃戦が開始され、追いつめられた彼はついにマーティンスの一弾に倒れた。  かくて改めてこの“第三男”の埋葬が行われた日、マーティンスは墓地でアンナを待ったが、彼女は表情をかたくしたまま彼の前を歩み去って行った。

 主人公役のジョセフ・コットンと悪役のオーソン・ウェルズは「市民ケーン」以来の親友同士でもある。 ところで「第三の男」をご存知の世代、チターの奏でる曲を記憶されている方はもう高齢者だ。男の友情と女心、観覧車、地下水道、占領下の闇市、官僚的なソ連と人道的英国、といった戦後のドサクサの維納ならではの構図だ。  悪事を働くことが決まっている人の所では正当な弁明も無力であること、惚れた男が悪人であっても女心は揺るぎないことも教えている。

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