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法曹界、中立では済まぬ苦悩

朝日新聞朝刊 1999.10.9

 数百倍の難関の司法試験を突破し、法曹界入りする人々は、その後も苦労の多い仕事が続く。テレビ映画の名作『ペリー・メイスン』シリーズを見ると、地道な調査と裏付けのための情報収集が判決を左右するかぎであることがよく分かる。弁護士にしても検事にしても、法廷での弁舌能力だけではなく、事実の証明によって裁判官の判決を導き出す。  何が真実か知るのは難しい。それだけにストレスも並大抵ではない。糖尿病、高血圧、アルコール症などの有病率は他職種に比べて高そうだ。困難な事件や迷宮入りしそうな事件だけを長年担当させられていると、無気力状態に陥ったり燃え尽きたり、場合によっては自殺の衝動に駆られることもある。  精神科医も司法に関与することがある。精神障害者の財産管理能力をめぐって、家裁から依頼される「心身状況の鑑定」は年間二千件に上る。大変面倒な作業で、敬遠する精神科医も少なくない。裁判官が認めればこの鑑定を省けるように国会で検討されているところだ。近年増えている過労自殺をめぐっても鑑定人になる。学問的には公平無私であろうとしても、遺族側か企業側か、いずれかの側に立つわけだ。    映画『ディアボロス』(1998年)は、アル・パチーノ演ずる弁護士事務所の経営者が、実は本物の悪魔だったという話だ。地方にいた有能な若手弁護士キアヌ・リーブスを高給で雇い入れ、有罪が確定的な事件で次々に無罪を勝ち取る。キアヌはストレスで悪夢の連続、最後は自らの悪魔性に疑問を感じて自殺するが、復活が予告されているところが、さらに怖いストーリーだった。  対決する構図の中で中立などありえない。司法・検察関係者のメンタルヘルスの実情はよく知らないが、鑑定人としては、自分が真実と思うことに即して意見を述べるしかなさそうだ。

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