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院長コラム
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院長はこれまで、新聞連載や寄稿記事、専門誌、企業の社内報など、さまざまな媒体で執筆を続けてきました。
映画や文学を題材としたエッセイをはじめ、こころの健康や精神疾患、人間関係、社会問題などについて、それぞれの媒体の読者に向けて発信してきました。時代や読者層が異なっても、人間のこころへの関心は一貫しています。
このページでは、これまでに掲載されたコラムを媒体ごとにまとめています。それぞれの媒体でどのようなテーマが語られてきたのかをたどりながら、お読みいただければ幸いです。


糖尿病、心理面の対処が重要
慢性疾患の治療において、身体面の管理だけでなく心理面への配慮が重要になっている。糖尿病は国内でも患者数が多く、生活習慣と深く関わる病気として知られているが、その経過にはストレスの影響が大きいとされる。診断そのものが心理的負担となるだけでなく、食事制限や運動療法といった自己管理もまた、患者に継続的なストレスを与える要因となる。
こうした悪循環の中では、病気そのものの治療と同時に、ストレスへの対処能力を高めることが重要となる。心理的安定が血糖コントロールにも影響を及ぼすことから、医療は身体と心の両面から支えられる必要がある。
映画生きるでは、余命を告げられた中年公務員が、自らの生の意味を見いだし、仕事に打ち込むことで心の再生を果たしていく姿が描かれる。そこには、限られた時間の中でも「どう生きるか」を選び直す人間の力が示されている。
2024年10月31日


てんかん患者と家族の苦悩
てんかんは神経の異常によって発作を引き起こす疾患であり、日本でも多くの患者が存在する。かつては精神疾患とみなされた歴史もあるが、現在では神経系の病気として小児科や神経内科を中心に治療が行われている。とはいえ、発作の不確実性や長期にわたる服薬は、患者本人だけでなく家族にも大きな負担をもたらす。
映画誤診(原題 First Do No Harm)は、難治性てんかんを抱える子どもと、その治療に奔走する母親の姿を描いた作品である。治療が思うように進まない中で、医療への不信や葛藤が生じ、それでもなお子どもを救おうとする家族の強い思いが浮かび上がる。
この作品が示すのは、医学的治療だけでは解決しきれない「生活としての病」であり、患者と家族が共に背負う現実である。医療の限界と可能性、その両方を見据えることの重要性を問いかけている。
2024年9月25日


障害の受容◆自己の再発見にもなる
障害を負ったとき、人は単に失われた機能を取り戻すだけでなく、新たな生き方そのものを模索することになる。映画『心の旅』(1991年・アメリカ)を題材にしながら、障害の受容とは「能力の回復」にとどまらず、「自己の再発見」であると論じる。
物語では、前頭葉損傷により記憶を失ったエリート弁護士が、幼児のような状態から再び社会に戻っていく過程が描かれる。そこで浮かび上がるのは、地位や能力を失った後に残る人間の本質と、家族や社会との関係の再構築である。
日本においても高次脳機能障害などの後遺症により、社会復帰に困難を抱える人は少なくない。近年は専門的リハビリテーション体制が整いつつあるが、依然として「受容」と「社会的理解」は大きな課題である。リハビリは単なる医療行為ではなく、「全人的な権利の回復」であり、生き直しのプロセスでもある。
2024年8月14日


地域◆支え合いはぐくむ原点
糖尿病と聞くと生活習慣による「2型」を思い浮かべがちだが、生まれつきインスリンが不足する「1型糖尿病」は、日々の厳格な自己管理を必要とする重い疾患である。映画 マグノリアの花たち は、この病を抱える若い女性と、彼女を取り巻く地域の人々の支え合いを描いた作品だ。
主人公は恋愛や結婚、出産といった人生の選択に直面しながら、病と共に生きる道を選ぶ。その過程で重要な役割を果たすのが、家族だけでなく近隣の人々による日常的な支援である。普段は衝突し合うこともある人々が、いざという時には自然に手を差し伸べる姿は、医療や福祉の原点を思い起こさせる。
現代社会では専門化が進み、ケアは制度や施設に委ねられがちだが、人が人を支える関係性そのものの価値は失われてはならない。地域のつながりがもたらす安心感と支援の力を、改めて見つめ直す必要がある。
2024年6月19日


知的障害者の純朴さ・実直さ
障害を抱える人と共に生きる家族の日常には、外からは見えにくい葛藤と負担がある。
映画 ギルバート・グレイプ は、知的障害の弟と家族を支える兄の姿を通して、静かにその現実を描き出す。
弟アーニーの行動はしばしば周囲を困らせるが、その無垢さや率直さは、打算や虚飾に満ちた社会とは対照的である。効率や知性が重視される現代において、彼の存在は「人間らしさとは何か」という問いを突きつける。
本作は、障害の有無を越えて、家族の絆や支え合いの意味を丁寧に描き、見る者に価値観の再考を促す。巧妙さではなく純朴さ、駆け引きではなく誠実さが、人の心を動かす力になることを示している。
2024年6月12日


リハビリ◆体と心、両方を診る
事故や病気によって突然、身体の自由を失うことは、単なる肉体的な問題にとどまらず、心の深い部分にも大きな影響を及ぼす。映画 七月四日に生まれて は、戦争で負傷し車いす生活となった青年の苦悩と再生を描き、リハビリの本質を問いかける作品である。主人公は、身体機能の回復だけでなく、喪失感や絶望、社会からの疎外感と向き合う中で、自らの生き方を模索していく。こうした過程は、心的外傷後ストレス障害 のような心理的ダメージとも深く関係している。現実においても、中途障害を負った人が直面するのは、身体機能の回復だけでは解決できない課題である。支えとなる人間関係や人生の目的を見出すことが、回復への大きな力となる。リハビリとは、単なる訓練ではなく、体と心の両面を見据えた「再生のプロセス」なのである。
2024年5月15日


神様がくれた娘(2014年 印度)
親であることに必要なものは何でしょうか。知識や能力だけでなく、人を思いやる気持ちや関係性の中で育まれるものこそ本質ではないか――そんな問いを投げかけるのが、神様がくれた娘です。知的障がいを持つ父と、その娘の絆を軸に、社会や制度が定める「親の条件」と、日々の暮らしの中で育まれる愛情との間にあるギャップを丁寧に描いています。過去の類似作品を想起させながらも、穏やかな時間の流れとインド映画らしい人間味が、観る者の心に響きます。
2018年7月22日
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