top of page
院長コラム
—掲載媒体から探す—
院長はこれまで、新聞連載や寄稿記事、専門誌、企業の社内報など、さまざまな媒体で執筆を続けてきました。
映画や文学を題材としたエッセイをはじめ、こころの健康や精神疾患、人間関係、社会問題などについて、それぞれの媒体の読者に向けて発信してきました。時代や読者層が異なっても、人間のこころへの関心は一貫しています。
このページでは、これまでに掲載されたコラムを媒体ごとにまとめています。それぞれの媒体でどのようなテーマが語られてきたのかをたどりながら、お読みいただければ幸いです。


第五十六回 サイドエフェクト
スティーヴン・ソダーバーグ監督の映画『サイド・エフェクト』(2013年)は、抗うつ薬の副作用をめぐる事件を軸に、医療倫理、精神医学、製薬業界、そして人間の欲望を描いた心理サスペンスである。インサイダー取引で服役した夫の出所後、うつ病歴のある妻が新薬を服用し、夢遊病状態で夫を刺殺したとされる事件が発生する。しかし、担当医が真相を追ううちに、事件の背後には巧妙に仕組まれた陰謀が浮かび上がる。本作は、精神疾患の診断の難しさや薬物療法のリスクだけでなく、「詐病」や医療過誤、株価操作まで絡めた重層的な物語を展開する。さらに、イソップ寓話「藪医者」を引用しながら、「医療とは何か」「薬との向き合い方とは何か」を考えさせる示唆に富んだ作品である。
7月18日


私のすすめる一冊『人類の進化が病を生んだ』
『人類の進化が病を生んだ』は、サイエンスライターのジェレミー・テイラーが、進化医学(Evolutionary Medicine)の視点から人間の病気の成り立ちを読み解いた科学読み物である。自己免疫疾患やアレルギー、不妊症、腰痛、眼疾患、がん、心臓病、アルツハイマー病など、多くの疾患を進化生物学の観点から考察し、「進化は健康ではなく生殖の成功を優先する」という進化論の基本原理をわかりやすく解説する。現代社会と人類の進化速度とのミスマッチが病気を生み出しているという視点は、従来の機械論的な疾病観に新たな問いを投げかける。医学・生物学に関心を持つ読者はもちろん、病気をより深く理解したい一般読者にも示唆に富む一冊である。
7月16日


患者の立場◆本当のつらさが分かる
「医者は病気を経験していないから、患者のつらさは分からないのではないか」――診療の現場で投げかけられるこの問いは、医療の本質に深く関わっている。すべての病を追体験することは不可能である以上、医師に求められるのは想像力と共感であるはずだ。しかし現実には、効率や技術が優先され、患者の心に寄り添う姿勢が後回しにされる場面も少なくない。映画『ドクター』は、患者の痛みを理解できなかったエリート医師が、自ら病を経験することで価値観を大きく変えていく姿を描く。医療とは単なる治療行為ではなく、人と人との関係の中で成り立つ営みであることを問いかける作品である。
2月9日


第五十四回 赤ひげ(1965年 日本)
医師とは何か。その問いは、単なる技術や知識を超え、人間の在り方そのものを問うものである。
イソップ寓話「蛙のお医者」が示すように、自己を顧みず他者を救おうとすることの危うさは、古代から指摘されてきた。
映画『赤ひげ』は、エリート志向の若き医師が、貧困と病に苦しむ人々と向き合う中で、本当の医療の意味に目覚めていく姿を描く。そこでは、医術の限界と同時に、社会の矛盾が生み出す病の現実が浮き彫りにされる。病の背後にある人間の不幸に目を向け、寄り添い続ける覚悟こそが、医師に求められる本質であると静かに語りかける作品である。
2025年12月24日


感染症の恐怖と闘う人たち
感染症は単なる医学的問題ではなく、人間の心理や社会の構造そのものを揺るがす現象でもある。ウイルスや細菌は身体を侵すだけでなく、恐怖や偏見を通じて人と人との関係性にも深い影響を与える。フィラデルフィアは、エイズをめぐる差別と法的闘争を通して、社会がいかに「見えない恐怖」によって倫理を揺るがされるかを描いた作品である。感染症は医療の問題であると同時に、人間の価値観や社会的包摂のあり方を問う試金石でもある。恐怖と向き合うとは、病そのものだけでなく、それを取り巻く社会のまなざしとも対峙することなのだ。
2025年4月7日


効果と副作用、薬は「両刃の剣」
医療は人間の苦しみを和らげ、回復へと導くために発展してきた。しかしその一方で、治療そのものが新たな苦痛や副作用を生み出すという現実もまた存在する。「クスリ」を逆さに読めば「リスク」であるという言葉は、その本質を象徴している。朝日新聞の論考は、精神科医療を中心に、薬がもたらす光と影を描き出す。映画『レナードの朝』を題材に、長く眠り続けた患者が薬によって一時的に目覚める奇跡と、その後に訪れる副作用による揺り戻しを通じて、医療が抱える根本的なジレンマを浮き彫りにしている。治療とは単なる成功や失敗ではなく、人間の時間と尊厳を揺さぶる連続的な営みであることが示されている。
2025年3月24日


血管内「ミクロの手術」現実に
医療技術の進歩は、かつて想像の領域にあった治療を現実のものへと変えてきた。血管内治療はその代表例であり、カテーテルを用いて体内深部の病変に直接アプローチすることで、従来の開頭手術に比べて身体への負担を大きく減少させている。しかし、技術の進歩は単に「治す力」の拡張にとどまらず、治療後の生き方や不安との向き合い方にも新たな課題をもたらす。映画『ミクロの決死圏』のように、医療が身体内部へと入り込む発想は長くSFの領域にあったが、現在ではそれが現実の臨床技術として実装されつつある。その一方で、患者にとっては「治った後の不安」という別の問題が残り続ける。
2025年2月20日


突然のボケ 家族もぼうぜん
ある日突然、身近な人の記憶が失われていく――それは本人だけでなく、支える家族にとっても深い衝撃を伴う出来事です。
本稿では、アルツハイマー病によって日常が崩れていく現実と、それに寄り添い続ける家族の姿を、映画『ユキエ』とともに描きながら、「記憶」と「情動」、そして支えることの意味を考えます。
2025年2月17日
カテゴリー一覧
bottom of page

