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院長コラム
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院長はこれまで、新聞連載や寄稿記事、専門誌、企業の社内報など、さまざまな媒体で執筆を続けてきました。
映画や文学を題材としたエッセイをはじめ、こころの健康や精神疾患、人間関係、社会問題などについて、それぞれの媒体の読者に向けて発信してきました。時代や読者層が異なっても、人間のこころへの関心は一貫しています。
このページでは、これまでに掲載されたコラムを媒体ごとにまとめています。それぞれの媒体でどのようなテーマが語られてきたのかをたどりながら、お読みいただければ幸いです。


第六十六回 釣りバカ日誌 (1988年~2009年 日本)
『釣りバカ日誌』は、建設会社に勤める万年平社員の浜崎伝助、通称「ハマちゃん」と、会社の鬼社長・鈴木一之助、通称「スーさん」の友情を描いた人気シリーズである。仕事では出世とは無縁のハマちゃんだが、釣りという趣味を得たことで人生は一変する。やがて社長と平社員という立場を超え、「スーさん」「ハマちゃん」として釣りを楽しむ二人。そこには、会社での地位や名誉とは別のところにある幸福の姿が描かれている。イソップ寓話「笛を吹く漁師」や「一生幸福でいたかったら釣りを覚えなさい」という中国の諺にも触れながら、仕事一辺倒ではない人生の楽しみ、出世と幸福の関係について考える。経済の失速とともに「五時から男」のような生き方が職場から消えつつある現代だからこそ、ハマちゃんの生き方が問いかけるものは大きい。
6 日前


ふるさと◆身近な美しさを再発見
『イル・ポスティーノ』(1994年)は、イタリアの小さな島を舞台に、一人の青年が詩人との出会いを通して、自らの人生と故郷の価値を見つめ直していく珠玉のヒューマンドラマである。政治亡命中のチリの詩人パブロ・ネルーダと、郵便配達人マリオとの世代を超えた友情は、詩の力によって青年の感性を育み、身近すぎて気づかなかった故郷の美しさを教えてくれる。恋や人生、社会への眼差しを深めながら成長するマリオの姿は、多くの人の心を打つ。主演のマッシモ・トロイージは重い心臓病を抱えながら本作を完成させ、公開直後に逝去した。その背景を知ると、フィリップ・ノワレとの温かな共演は一層深い感動を与えてくれる。故郷とは何か、人との出会いが人生をどう変えるのかを問いかける、不朽の名作である。
7月8日


中年期◆真剣な勉強にいい時期
人生の途中で訪れる「学び直し」は、決して遅すぎるものではない。映画『学校III』(1998年・日本)は、 山田洋次 が手がけた「学校」シリーズの一作であり、職業訓練校を舞台に、中年期に差しかかった人々の再出発を描いている。主人公の紗和子は、夫の過労死や家庭の問題、職の喪失といった重い現実を抱えながら、再就職のためにビル管理の資格取得を目指して学びの場に身を置く。同じ教室には、リストラによって社会的地位と自信を失った中年男性・高野もおり、最初は孤立と反発を繰り返しながらも、次第に互いの人生と向き合っていく。そこには単なる職業訓練ではなく、人間関係の再構築と自己再生の過程がある。バブル崩壊後の不安定な時代を背景に、学ぶことの意味と、人が再び前を向く力が描かれている。
6月19日


陽気な挑戦者◆困難もさらり受け止め
失敗しても、笑われても、自分たちらしく挑み続ける。その姿勢が人を成長させる。映画『クール・ランニング』は、常夏の国ジャマイカの若者たちが、冬季五輪のボブスレー競技に挑戦する実話を基にした作品である。陸上競技で夢を絶たれた青年デリースは、新たな目標としてボブスレーを選ぶ。集まったのは皆素人同然の仲間たち。しかし、失敗や冷笑を受けながらも、自分たちの流儀を貫き、仲間との絆を深めていく。厳寒のカルガリーで彼らが得たものは、単なる順位ではなく、「誇り」と「自立」だった。失敗しても、笑われても、自分たちらしく挑み続ける。その姿勢が人を成長させる。映画『クール・ランニング』は、常夏の国ジャマイカの若者たちが、冬季五輪のボブスレー競技に挑戦する実話を基にした作品である。陸上競技で夢を絶たれた青年デリースは、新たな目標としてボブスレーを選ぶ。集まったのは皆素人同然の仲間たち。しかし、失敗や冷笑を受けながらも、自分たちの流儀を貫き、仲間との絆を深めていく。厳寒のカルガリーで彼らが得たものは、単なる順位ではなく、「誇り」と「自立」だった。
5月22日


第五十五回 野いちご (1957年 瑞典)
夢は未来を告げるものなのか、それとも人を惑わす幻にすぎないのか。古代より人間は夢の意味を問い続けてきた。イソップ寓話に語られる「正夢」と「逆夢」の逸話は、その曖昧さを象徴している。映画『野いちご』は、名誉と成功を手にした老医師が、ある悪夢をきっかけに自身の人生を振り返る物語である。旅の途中で出会う人々や、よみがえる過去の記憶を通して、彼はこれまで見過ごしてきた感情や人間関係に向き合っていく。夢と現実、過去と現在が交錯する中で、人生の充足とは何かが静かに問いかけられる。孤独と再生を描いたこの作品は、高齢社会を先取りするかのような深い洞察に満ちている。
1月29日


第五十回 世界にひとつの金メダル(2013年仏蘭西・加奈陀合作)
人はしばしば、自らの意思で進んでいると思いながら、実は見えない力に導かれているのかもしれない。イソップ寓話にある「暴れ馬に乗った男」の話は、その象徴的な一例である。映画『世界にひとつの金メダル』は、暴れ馬ジャップルーと若き騎手ピエールの軌跡を通して、衝動や迷いに翻弄されながらも、自らの進む道を見出していく過程を描く。挫折、非難、別れ――それらを経てなお、人は何を拠りどころに再び立ち上がるのか。本作は、人と馬の関係を超えて、「自分の人生の手綱を誰が握っているのか」という根源的な問いを投げかける。
2025年8月20日


第四十九回 炎のランナー(1981年 英国)
才能に恵まれた者が必ずしも勝者になるとは限らない――イソップ寓話「亀と兎」が示すこの普遍的な教訓は、時代を超えて多くの人の心に響いてきた。
映画『炎のランナー』は、1924年パリ五輪に挑んだ若者たちの実話をもとに、努力と信念、そしてそれぞれの価値観に忠実に生きる姿を描き出す。差別に抗い勝利を目指す者、信仰を貫く者――その歩みは決して平坦ではないが、揺るがぬ意志が人生を切り拓いていく。現代に生きる私たちにも「どう走るか」を問いかけてくる。
2025年7月31日


第四十八回 リバー・ランズ・スルー・イット(1992年・米国)
時間をどう生きるかという問いは、人間の行動原理を大きく左右する。
イソップ寓話「蟻とセンチコガネ」は、余剰のある季節に備えた者と、享楽のうちに過ごした者の対比を通して、未来志向の合理性を強く教える物語である。
一方、映画『リバー・ランズ・スルー・イット』は、フライ・フィッシングを媒介として、兄弟それぞれの生き方と喪失、そして不可逆に流れ続ける時間そのものを描き出す作品である。そこでは単なる勤勉と怠惰の対立ではなく、「備える人生」と「流れに身を委ねる人生」が交差し、どちらも一面的には裁ききれない深みを帯びていく。人生とは蓄積か、それとも流動か――その問いが投げかけられている。
2025年6月26日
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