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院長コラム
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院長はこれまで、新聞連載や寄稿記事、専門誌、企業の社内報など、さまざまな媒体で執筆を続けてきました。
映画や文学を題材としたエッセイをはじめ、こころの健康や精神疾患、人間関係、社会問題などについて、それぞれの媒体の読者に向けて発信してきました。時代や読者層が異なっても、人間のこころへの関心は一貫しています。
このページでは、これまでに掲載されたコラムを媒体ごとにまとめています。それぞれの媒体でどのようなテーマが語られてきたのかをたどりながら、お読みいただければ幸いです。


第五十三回 エジソンズ・ゲーム(2017年 米国)
科学技術の発展は人類の生活を劇的に変えてきたが、その進歩は常に自然との緊張関係の上に成り立っている。
イソップ寓話「造船所のイソップ」は、技術への過信に対する警句として、自然の根源的な力を象徴的に描いている。
映画『エジソンズ・ゲーム』は、19世紀末の電流戦争を題材に、エジソン、ウェスティングハウス、テスラという発明家たちの競争と葛藤を通して、技術覇権と倫理、そして資本主義の論理を浮き彫りにする作品である。
人類の進歩が「誰の技術が正しいか」という競争に還元されるとき、そこには自然という制約と、人間の傲慢さが常に影を落とすことになる。
2025年11月25日


第五十一回 バーフバリ 伝説誕生(2015年 インド)
映画『バーフバリ 伝説誕生』(2015)は、インド神話の英雄譚を思わせる壮大なスケールの歴史叙事映画です。
滝の下の村で育った青年シヴドゥは、幼い頃から滝の上の世界に強い関心を抱き、ついにそこへと到達します。そこで彼は王国を支配する暴君と戦う女戦士と出会い、囚われた王妃の救出という使命に関わることになります。やがて彼自身が王国の正統な血を引く存在であることが明らかになります。
古代の寓話が語る理想の為政者の姿と重ねながら、本作は人々が望む「正しい王」のイメージを躍動的に描き出しています。
2025年9月26日


神に選ばれし無敵の男(2001年 米国)
歴史の転換期には、しばしば理性では説明のつかない現象や人物が脚光を浴びる。映画『神に選ばれし無敵の男』は、ナチス台頭前夜の不穏な空気の中で、人々の不安と期待を巧みに操った興行師と、そのもとで名声を得た青年の運命を描く。実在の人物をモデルに、権力と結びつくことで膨張していく影響力と、その脆さが浮き彫りにされる。熱狂の裏に潜む排除と差別、そして時代に飲み込まれていく個人の姿は、過去の出来事でありながら、現代にも通じる問いを投げかける。何を信じ、どこに立つのか――その選択の重さを考えさせる作品である。
2025年6月4日


モダン・タイムス(1936年 アメリカ)
人間は機械の歯車として生きるべき存在なのか、それとも自由な意思を持つ存在なのか。チャールズ・チャップリンの映画『モダン・タイムス』は、大恐慌下のアメリカを舞台に、工業化された労働環境の中で翻弄される一人の職工チャーリーの姿を通して、近代社会の矛盾を鋭く描いた作品である。単調な労働によって精神を蝕まれ、失業と投獄を繰り返す彼の人生は、制度と個人の関係が逆転した世界の象徴でもある。しかしその中で出会う少女との逃避行は、わずかながらも人間的自由の光を感じさせる。そこには、効率と管理の時代における人間の尊厳が問われている。
2025年5月23日


第四十六回 復活の日(1980年 日本)
病状の経過が「良い按配」と説明されながら、実際には死に向かっているというイソップ寓話の逆説は、言葉と現実の乖離を鋭く突いている。
医師の楽観的な評価が必ずしも回復を意味しないように、人間はしばしば「良い兆候」という言葉に安心し、事態の本質を見誤ることがある。
映画『復活の日』(1980年 日本)は、冷戦下の軍事ウイルスが世界規模のパンデミックを引き起こし、人類が極限状況へと追い込まれていく過程を描く。そこでは医療や科学の進歩すら制御不能な現実に直面し、「予測」と「実際」のずれが文明全体の運命を左右することが示される。
寓話と映画は共通して、私たちが「安心」と呼ぶ判断の危うさを浮かび上がらせている。
2025年4月25日


「クローン人間」夢より脅威
バイオテクノロジーの進歩は、これまで不可能とされてきた生命の操作を現実のものにしつつある。クローン技術はその象徴であり、医療の発展に寄与する可能性を秘める一方で、人間の存在そのものに対する根本的な問いを投げかける。映画 ブラジルから来た少年 は、歴史的人物のクローンを生み出そうとする試みを通じて、倫理の逸脱と科学の暴走を描いた。一方、クローンズ では、マイケル・キートン が「もう一人の自分」を求める現代人の願望をコミカルに体現している。だが、同一の遺伝子を持つ存在であっても、それは決して同じ「個人」ではない。記憶や経験、関係性によって形づくられる人格は複製できないからだ。クローンという発想は、効率や利便性を追求する現代社会の延長線上にあるが、その先には人間の尊厳や唯一性が揺らぐ危うさが潜んでいる。
2025年3月4日


世俗の幸福を超越した知恵
人は、富や愛、健康といった「何か」を得ることで安心し、それを失うことで不安や憂うつを感じます。こうした世俗的な幸福に支えられて生きる一方で、それを超えた価値や意味を求める心もまた、人間の本質の一つです。
本稿では、『僧侶と哲学者』の対話や映画『セブン・イヤーズ・イン・チベット』を手がかりに、「満たされること」と「手放すこと」のあいだで揺れるこころの在り方を見つめます。
2025年2月10日


神と精神世界、そして世俗考
効率や成果が重視される現代社会において、人は常に競争や評価の中に置かれています。その一方で、精神の平穏や意味を求め、世俗から距離を取ろうとする動きも存在します。
本稿では、精神医療の現場での印象的なエピソードと映画作品を手がかりに、神や信仰といった精神世界と、現実社会の価値観との間にある緊張関係を見つめます。人が本当に求めている「安らぎ」とは何かを考えます。
2025年1月16日
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