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院長コラム
—掲載媒体から探す—
院長はこれまで、新聞連載や寄稿記事、専門誌、企業の社内報など、さまざまな媒体で執筆を続けてきました。
映画や文学を題材としたエッセイをはじめ、こころの健康や精神疾患、人間関係、社会問題などについて、それぞれの媒体の読者に向けて発信してきました。時代や読者層が異なっても、人間のこころへの関心は一貫しています。
このページでは、これまでに掲載されたコラムを媒体ごとにまとめています。それぞれの媒体でどのようなテーマが語られてきたのかをたどりながら、お読みいただければ幸いです。


私のすすめる一冊『ホモ・デウス テクノロジーとサビエンスの未来』
ユヴァル・ノア・ハラリの『ホモ・デウス』は、『サピエンス全史』に続いて、人類がこれからどこへ向かうのかを壮大な視点から描いた一冊である。二十世紀の人類は、飢饉や戦争の克服、幸福の追求を目指してきた。しかし、科学技術の発展によって地球を支配するまでになった人類は、今やAIやアルゴリズムという新たな技術と向き合おうとしている。チェスや囲碁で人工知能が人間を上回ったことに象徴されるように、これまで人間だけが担ってきた知的労働や技能も、アルゴリズムに置き換えられる可能性がある。本書は、人間至上主義からデータ至上主義への転換や、知能と意識の分離といった未来を大胆に予測する。一方で、その未来像が本当に普遍的なものなのか、不死や至福を人類共通の目標にできるのかという疑問も残る。科学技術は人類を幸福にするのか、それとも人間そのものを変えてしまうのか。人類史を俯瞰しながら未来を考えさせる一冊である。
1 日前


第六十六回 釣りバカ日誌 (1988年~2009年 日本)
『釣りバカ日誌』は、建設会社に勤める万年平社員の浜崎伝助、通称「ハマちゃん」と、会社の鬼社長・鈴木一之助、通称「スーさん」の友情を描いた人気シリーズである。仕事では出世とは無縁のハマちゃんだが、釣りという趣味を得たことで人生は一変する。やがて社長と平社員という立場を超え、「スーさん」「ハマちゃん」として釣りを楽しむ二人。そこには、会社での地位や名誉とは別のところにある幸福の姿が描かれている。イソップ寓話「笛を吹く漁師」や「一生幸福でいたかったら釣りを覚えなさい」という中国の諺にも触れながら、仕事一辺倒ではない人生の楽しみ、出世と幸福の関係について考える。経済の失速とともに「五時から男」のような生き方が職場から消えつつある現代だからこそ、ハマちゃんの生き方が問いかけるものは大きい。
3 日前


障害の理解◆認知を広めた名演技
映画『レインマン』は、自閉症という障害への理解を広く社会に伝えることに貢献した作品である。中古車ディーラーのチャーリーは、父の死をきっかけに、自分には存在すら知らされていなかった兄レイモンドと出会う。自閉症のため施設で暮らす兄を、当初は遺産目当てで連れ出したチャーリーだったが、長い旅を共にする中で、兄の独特な行動や高い記憶力、その背景にある人間性を少しずつ理解していく。やがて幼い頃に自分を守ってくれた「レインマン」の正体が兄だったことを知り、チャーリーの兄に対する見方も変化していく。ダスティン・ホフマンの名演技は、自閉症の人の姿を社会に印象づける大きな役割を果たした。障害を「異質な存在」として見るのではなく、一人の人間として理解し、ともに生きるとはどういうことなのかを考えさせる作品である。
5 日前


私のすすめる一冊『近代日本一五〇年 ―科学技術総力戦体制の破綻』
山本義隆著『近代日本一五〇年 ―科学技術総力戦体制の破綻』は、明治維新から現代までの日本の近代化を、科学技術と国家の関係という視点から捉え直した一冊である。明治政府が西洋の科学技術を導入した背景には富国強兵・軍事目的があり、その後も産官学が一体となって科学技術を推進してきた。その一方で、女工哀史、足尾銅山鉱毒問題、公害、原子力政策など、国力や産業発展の陰で国民の生命や健康が犠牲にされてきた歴史も描かれる。科学技術は人間を豊かにするものなのか、それとも国家の力を増大させるための道具になり得るのか。本書を評価しながら、著者の悲観主義と読後に残る虚無感にも目を向ける。
9月12日


第六十五回 生きる(日本 1952年、UK 2023年)
「人間は何のために生きるのか」――。黒澤明監督、志村喬主演の「生きる」は、死を目前にした一人の公務員が、自らの人生を問い直し、最後に市民のための仕事を成し遂げようとする姿を描いた名作です。30年間無欠勤の市民課長・渡辺勘治は、胃癌を告知され、息子からも冷たくされることで、これまでの人生が無為だったことに気づきます。しかし、若い女性との出会いをきっかけに「生きる」ことの意味を考え始め、下水溜まりを公園に変える仕事に情熱を注ぎます。イソップ寓話「旅人とプラタナス」では、旅人から役立たずと蔑まれた木が、実は人々に大きな恩恵を与えていました。人間もまた、目立たなくても社会を支える仕事をしています。本作は官僚主義を批判すると同時に、働くことの意味、社会に貢献することの尊さ、人生の最後に何を残すのかという普遍的な問いを投げかけます。
9月10日


庶民の文化◆生き生きとした大衆讃歌
十九世紀のパリを舞台に、芝居小屋や大通りを行き交う庶民たちの姿と、パントマイム芸人バチストと女芸人ガランスの切ない恋を描いた「天井桟敷の人々」。三時間を超える大作でありながら、恋愛映画にとどまらず、庶民の文化と生命力を生き生きと描いた作品です。大道芸やパントマイム、カーニバル、酒場のダンスなど、人々が芸術を楽しみ、仲間の恋を応援する姿が画面いっぱいに広がります。一方で、貴族の決闘や権力にこびる警察、伝統に固執する劇作家たちを風刺し、庶民文化の自由さとたくましさを浮かび上がらせます。ドイツ軍占領下のパリで製作された本作には、祖国の大衆文化への誇りと、戦争下に生きる庶民へのエールも込められているのでしょう。文化とは一部の専門家や権力者だけのものではなく、人々の日常から生まれるものだと考えさせる映画です。
9月8日


私のすすめる一冊『人工知能と経済の未来 2030年雇用大崩壊』
AIが人間の仕事を奪い、2030年には「雇用大崩壊」が起こる――。『人工知能と経済の未来』は、人工知能の発展が社会や経済、そして人間の働き方をどう変えていくのかを論じた一冊です。機械学習やディープラーニング、「全脳アーキテクチャ」などの技術を紹介しながら、2030年までを「特化型AIの時代」、それ以降を「汎用AIの時代」と位置づけます。著者は、将来的には創造的仕事、管理的業務、歓待業務以外の人間労働が不要になる可能性を示します。一方で、AIには合意形成に役立つ一面があっても、人間のような創造性はないという見方もあります。AIによって仕事がなくなることは、人間の価値が失われることなのか。技術革新を単純に歓迎するのではなく、「人間はAIとともに、どのような社会をつくるのか」という問いを突きつける評論です。
9月6日


第六十四回 男はつらいよ お帰り寅さん(2019年 日本)
「困ったことがあったら風に向かって俺の名前を呼べ。どこからでも飛んで来るから」――。寅さんの言葉は、姿が見えなくなった後も人の心を支える「心の拠り所」の存在を象徴しています。映画「男はつらいよ お帰り寅さん」は、シリーズ50作目として、寅さんの甥・満男を主人公に、人生の節目を迎えた人々の再会と心のつながりを描いた作品です。満男は50歳になり、かつての初恋の人・泉と再会します。娘から「この三日間パパは遠い所に行ってしまったようだった」と言われたことで、自分が過去の思い出に心を奪われていたことに気づきます。イソップ寓話「野生の驢馬と家の驢馬」は、独りで生きることの危うさを描きます。自由に生きる野生の驢馬は、家畜の驢馬を蔑みますが、危機に遭うと誰の助けも得られません。人は完全に独立して生きるのではなく、家族や友人、思い出など、いざというときに心を支えてくれる「帰る場所」を持つことが大切なのかもしれません。
9月4日
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