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院長コラム
—掲載媒体から探す—
院長はこれまで、新聞連載や寄稿記事、専門誌、企業の社内報など、さまざまな媒体で執筆を続けてきました。
映画や文学を題材としたエッセイをはじめ、こころの健康や精神疾患、人間関係、社会問題などについて、それぞれの媒体の読者に向けて発信してきました。時代や読者層が異なっても、人間のこころへの関心は一貫しています。
このページでは、これまでに掲載されたコラムを媒体ごとにまとめています。それぞれの媒体でどのようなテーマが語られてきたのかをたどりながら、お読みいただければ幸いです。


地域◆支え合いはぐくむ原点
糖尿病と聞くと生活習慣による「2型」を思い浮かべがちだが、生まれつきインスリンが不足する「1型糖尿病」は、日々の厳格な自己管理を必要とする重い疾患である。映画 マグノリアの花たち は、この病を抱える若い女性と、彼女を取り巻く地域の人々の支え合いを描いた作品だ。
主人公は恋愛や結婚、出産といった人生の選択に直面しながら、病と共に生きる道を選ぶ。その過程で重要な役割を果たすのが、家族だけでなく近隣の人々による日常的な支援である。普段は衝突し合うこともある人々が、いざという時には自然に手を差し伸べる姿は、医療や福祉の原点を思い起こさせる。
現代社会では専門化が進み、ケアは制度や施設に委ねられがちだが、人が人を支える関係性そのものの価値は失われてはならない。地域のつながりがもたらす安心感と支援の力を、改めて見つめ直す必要がある。
2024年6月19日


第三十七回 サンキュー・スモーキング(2005年 米国)
禁煙が常識となりつつある現代において、煙草をめぐる議論は健康問題だけでなく、情報と価値観の問題へと広がっている。映画 サンキュー・スモーキング は、煙草業界のロビイストを主人公に据え、「正しさ」と「説得」のズレを鋭く描き出す作品だ。
主人公ニックは、煙草の有害性を否定するのではなく、論点を巧みにずらし、聴衆を納得させていく。その姿は、現代社会における情報操作の本質を象徴している。問題は真実そのものではなく、「どう語られるか」によって受け手の認識が左右される点にある。
また本作は、喫煙をめぐる是非を超え、「個人の自由」と「社会的責任」という普遍的なテーマを提示する。自己決定が尊重される一方で、その選択が他者や社会に与える影響も無視できない。情報があふれる時代だからこそ、何を信じ、どう判断するかが問われている。
2024年6月19日


知的障害者の純朴さ・実直さ
障害を抱える人と共に生きる家族の日常には、外からは見えにくい葛藤と負担がある。
映画 ギルバート・グレイプ は、知的障害の弟と家族を支える兄の姿を通して、静かにその現実を描き出す。
弟アーニーの行動はしばしば周囲を困らせるが、その無垢さや率直さは、打算や虚飾に満ちた社会とは対照的である。効率や知性が重視される現代において、彼の存在は「人間らしさとは何か」という問いを突きつける。
本作は、障害の有無を越えて、家族の絆や支え合いの意味を丁寧に描き、見る者に価値観の再考を促す。巧妙さではなく純朴さ、駆け引きではなく誠実さが、人の心を動かす力になることを示している。
2024年6月12日


ペットの存在が心の支えに
人と人との関係が複雑化し、孤独やストレスを抱えやすい現代において、ペットの存在がこころの支えとなる場面が増えています。言葉を持たない動物との関係は、ときに人間関係以上に深い安心感をもたらします。
本稿では、医療現場の実感や映画作品を手がかりに、ペットロスやアニマルセラピーといった視点から、人と動物の関係がもたらす心理的効果と回復の可能性について考えます。
2024年6月3日


酒は百薬の長か◆体むしばまれる依存症
「酒は百薬の長」と言われる一方で、過剰な飲酒は命を脅かす深刻な依存症へとつながる。映画 失われた週末 は、アルコール依存症に陥った主人公の転落を通して、その恐ろしさをリアルに描いた作品だ。飲酒は一時的な快楽やストレス解消をもたらすが、やがて心身の両面で依存を形成し、生活のすべてが酒中心に変わっていく。耐性の形成により飲酒量は増え、仕事や人間関係が崩壊していくのも特徴である。さらに、離脱時には幻覚やせん妄といった重い症状が現れ、命に関わることもある。「やめたいのにやめられない」という状態は、単なる意思の問題ではなく、病としての理解が必要だ。現代では治療法も進歩しているが、依然として多くの人が苦しんでいる。飲酒との向き合い方が問われる時代である。
2024年5月29日


人生を破壊…薬物依存は「病」
「意志が弱いからやめられない」と思われがちな薬物依存だが、その本質は個人の性格ではなく、脳と心理に深く関わる“病”である。映画 バスケットボール・ダイアリーズ は、平凡な高校生が非行から薬物へと転落していく過程を描き、依存の恐ろしさと現実を突きつける。最初は軽い興味や誘いから始まった行動が、やがて習慣化し、強い欲求へと変わっていく。脳の快楽系が刺激されることで、「もう一度」という欲求が繰り返され、理性では止められなくなるのだ。さらに、背景には家庭環境やストレス、孤独といった要因が重なりやすい。依存は単なる逸脱ではなく、適切な支援と治療が必要な状態である。問題を個人の責任に押しつけるのではなく、社会全体で支える視点が求められている。
2024年5月22日


リハビリ◆体と心、両方を診る
事故や病気によって突然、身体の自由を失うことは、単なる肉体的な問題にとどまらず、心の深い部分にも大きな影響を及ぼす。映画 七月四日に生まれて は、戦争で負傷し車いす生活となった青年の苦悩と再生を描き、リハビリの本質を問いかける作品である。主人公は、身体機能の回復だけでなく、喪失感や絶望、社会からの疎外感と向き合う中で、自らの生き方を模索していく。こうした過程は、心的外傷後ストレス障害 のような心理的ダメージとも深く関係している。現実においても、中途障害を負った人が直面するのは、身体機能の回復だけでは解決できない課題である。支えとなる人間関係や人生の目的を見出すことが、回復への大きな力となる。リハビリとは、単なる訓練ではなく、体と心の両面を見据えた「再生のプロセス」なのである。
2024年5月15日


不倫で悩む人健康?不健康?
現代社会では、不倫は決して珍しい出来事ではなくなっている。しかしその裏側には、強い感情の揺れと制御の難しさが潜んでいる。不倫で悩む人々は、不眠や抑うつといった精神的苦痛を抱え、日常生活に支障をきたすことも少なくない。
映画『危険な情事』は、「一度だけ」の関係が予想外の執着と破壊を生む過程を描き、人間の感情の脆さを浮き彫りにする。本人は軽い気持ちでも、相手の受け止め方によっては関係は一気に深刻化する。
不倫は、羨望や嫉妬、孤独といった感情が交錯しやすい領域であり、日常からの逸脱がもたらす高揚感と同時に、大きなリスクを伴う行為でもある。悩むこと自体は自然な反応ともいえるが、その葛藤の強さこそが、この問題の根深さを示している。
2024年5月15日
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