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院長コラム
—掲載媒体から探す—
院長はこれまで、新聞連載や寄稿記事、専門誌、企業の社内報など、さまざまな媒体で執筆を続けてきました。
映画や文学を題材としたエッセイをはじめ、こころの健康や精神疾患、人間関係、社会問題などについて、それぞれの媒体の読者に向けて発信してきました。時代や読者層が異なっても、人間のこころへの関心は一貫しています。
このページでは、これまでに掲載されたコラムを媒体ごとにまとめています。それぞれの媒体でどのようなテーマが語られてきたのかをたどりながら、お読みいただければ幸いです。


悪魔◆欲望や感情に打ち勝って
映画「セブン」は、キリスト教の「七つの大罪」を題材にした連続殺人事件を描くサイコスリラーである。高慢、嫉妬、暴食、色欲、怠惰、強欲、憤怒という七つの欲望や感情を、殺人という極端な形で描き出していく。退職間近の刑事サマセットと血気盛んな新人刑事ミルズが犯人を追う中、犯人ジョン・ドゥは、法を守る刑事でさえ「憤怒」にとらわれれば殺人を犯し得ることを、自らの犯罪計画によって証明しようとする。映画が描くのは、単純な「善と悪」の対立ではない。人間の心には欲望や怒りが存在し、それとどう向き合うかという問題である。また、犯罪が起こると安易に「心の闇」や異常性で説明しようとする社会の姿勢にも疑問を投げかける。人間を「悪魔」のような存在として決めつけるのではなく、その背景を理解しようとすることの大切さを考えさせる作品である。
19 時間前


第六十回 裏窓(1954年 米国)
アルフレッド・ヒチコック監督の『裏窓』(1954年・アメリカ)は、事故で車椅子生活となった主人公が、退屈しのぎに向かいの集合住宅を覗くうち、殺人事件の疑惑に巻き込まれていくサスペンス映画です。深夜に大きな鞄を持って外出する男、花壇を気にする姿、肉切り包丁や小型のこぎりなど、主人公が目撃した断片的な情報は、次第に恐ろしい疑惑へと結びついていきます。しかし、友人の刑事はそれを妄想として退け、主人公の推理が正しいのか、それとも単なる思い込みなのか、観客も揺さぶられます。作品には、イソップ寓話「羊飼いの悪戯」、いわゆる「狼少年」の話が重ねられています。一度「嘘つき」と思われた人の言葉は、本当の危機に直面しても信じてもらえません。現代社会でも、誤情報や過剰な警告、冤罪など、真偽を見極める難しさは変わりません。「覗き」という行為の危うさも含め、他人の言葉や目撃情報をどう判断するのかを考えさせる一作です。
8月13日


愛憎◆感情はいつの時代も同じ
時代が変わっても、人間の感情の本質は大きく変わらない。映画『サムソンとデリラ』(1949年・アメリカ)は、旧約聖書に登場する英雄サムソンと美女デリラの物語をもとに、愛と憎しみが交錯する人間ドラマを壮大なスケールで描いた歴史スペクタクルである。怪力を授かったヘブライ人の英雄サムソンは、民族の希望として人々に慕われる存在だった。一方、美貌と策略を武器に生きるデリラは、愛する男に拒絶されたことで嫉妬と復讐心に駆られ、彼を破滅へと導いてしまう。しかし、その過程で彼女自身もまた真実の愛に気づき、深い後悔に苦しむことになる。憧れ、独占欲、嫉妬、誘惑、憎悪、復讐――。古代を舞台にした物語でありながら、そこに描かれる感情は現代社会にも通じる普遍性を持っている。愛と憎しみが表裏一体であることを鮮やかに描いた不朽の名作である。
6月23日


嫉妬◆相手も自分も焼き滅ぼす
人間関係の中で、もっとも扱いが難しい感情のひとつが「嫉妬」である。映画『アマデウス』(1984年・アメリカ)は、天才作曲家モーツァルトと宮廷音楽家サリエリの対比を通して、この感情の深層を描いた作品である。物語は、老いたサリエリの回想として語られ、自らの才能に限界を感じながらも神に祈り続けた彼が、なぜモーツァルトに対して憎悪と執着を抱くに至ったのかを明らかにしていく。下品で奔放でありながら、圧倒的な音楽的才能を持つモーツァルト。その才能を前に打ちのめされたサリエリは、やがて「神はなぜ彼に才能を与え、自分には与えなかったのか」という問いに囚われ、尊敬は憎悪へと変質していく。嫉妬は相手を傷つけるだけでなく、自らの精神をも静かに蝕んでいく。華麗な音楽とともに描かれるその心理劇は、人間の弱さと業の深さを鋭く照らし出す。
6月5日


伝わらぬストーカーの病理
執拗な接近や追跡によって、日常が脅かされるストーカー被害。その恐怖は当事者でなければ理解されにくく、周囲に伝わらない孤立感を伴います。本稿では、ストーカーの行動の背景にある心理と、被害者が抱える深刻な不安や負担について取り上げます。
2025年3月12日


「切れる」怖さ、大人にも
近年、「キレる」という言葉は、子どもや若者の問題として語られることが多くなりました。しかし、突発的な怒りや衝動的な行動は、決して子どもだけのものではありません。むしろ大人の中にも、抑えきれない感情が潜んでいることがあります。
本稿では、映画『フォーリング・ダウン』や『プレッシャー』を手がかりに、「キレる」心理の背景にあるストレスや喪失感、孤立について考えます。そして、感情の爆発をどう理解し、どのように向き合うべきかを見つめ直します。
2025年1月23日


自己愛◆ごう慢な権力者の孤独
権力や富を手にした人間は、本当に幸福に近づくのだろうか。むしろ、それらを追い求める過程で人間関係は歪み、最終的に深い孤独へと至ることも少なくない。中日新聞で紹介された映画『市民ケーン』は、その典型的な構造を描いた作品として、今なお高く評価されている。
物語の中心人物ケーンは、新聞王として成功を収め、政治や文化の領域にも影響力を拡大していく。しかしその過程で、愛情や信頼といった人間関係は次第に崩壊し、彼の人生は華やかさとは裏腹に空虚さを深めていく。
ケーンの行動は、現代的な視点から見ると「自己愛性パーソナリティー障害」に類似する特徴を持つとも解釈される。幼少期の愛情不足や分離体験が背景にあるとされ、権力や支配への過剰な執着として表れる点が重要である。
映画の象徴である「バラのつぼみ」は、失われた子ども時代の幸福を示唆しているとされ、どれほど成功を積み重ねても埋められない心の空洞を浮き彫りにする。そこには、富や名声では代替できない人間の根源的な欲求が存在していることが示されている。
2025年1月22日


復しゅう心にひそむ攻撃性
「リベンジ」という言葉が日常的に使われるようになって久しい。報復という行為は、ときに理解可能な動機を伴うがゆえに、かえって人の心に潜む攻撃性を見えにくくしている側面がある。
映画や物語において繰り返し描かれてきた復讐は、単なる暴力ではなく、傷ついた自己愛やプライドの表出でもある。一方で、精神障害に関連する行為には、しばしば動機の理解が困難であり、その攻撃性はむしろ自己へと向かう傾向が強い。
本稿では、復讐という行為の背後にある心理構造を手がかりに、現代社会における攻撃性とメンタルヘルスの関係について考察する。
2025年1月9日
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