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院長コラム
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院長はこれまで、新聞連載や寄稿記事、専門誌、企業の社内報など、さまざまな媒体で執筆を続けてきました。
映画や文学を題材としたエッセイをはじめ、こころの健康や精神疾患、人間関係、社会問題などについて、それぞれの媒体の読者に向けて発信してきました。時代や読者層が異なっても、人間のこころへの関心は一貫しています。
このページでは、これまでに掲載されたコラムを媒体ごとにまとめています。それぞれの媒体でどのようなテーマが語られてきたのかをたどりながら、お読みいただければ幸いです。


第七十一回 黄金狂時代(1925年 米国)黄金(1948年 米国)
金を手に入れれば、人は幸せになれるのでしょうか。チャールズ・チャップリンの『黄金狂時代』と、ジョン・ヒューストン監督の『黄金』は、金を求める人間の姿を対照的に描いた作品です。一方では、過酷な環境を生き抜いた先に富と愛が待ち、もう一方では、富への執着が人間関係を壊し、苦労して得たものさえ失われていきます。イソップ寓話「守銭奴」も交えながら、金銭欲や名誉欲、富と幸福の関係を考えます。さらに、AIやデータセンターへの巨額投資が進む現代社会にも目を向け、人間は何を求め、何を豊かさと呼ぶのかを問いかけます。
10月29日


復讐◆最も罪深い行為は何か
映画『スリーパーズ』は、少年院で虐待を受けた少年たちが、14年後にかつての看守への復讐を企てる物語です。幼少期に受けた暴力や性的虐待は、少年たちのその後の人生を大きく変えていきます。やがて被害者だった彼らは、復讐という形で再び暴力に手を染めることになります。加害者と被害者、罪と罰、復讐と正義――それぞれの境界は決して単純ではありません。過去の傷を抱えた人間が、どこまで自分の行為に責任を負うのか。そして、最も罪深い行為とは何なのか。ボビー神父が苦悩する姿を通して、人間の罪と赦し、虐待と犯罪の連鎖について考えさせられる作品です。
10月13日


悪魔◆欲望や感情に打ち勝って
映画「セブン」は、キリスト教の「七つの大罪」を題材にした連続殺人事件を描くサイコスリラーである。高慢、嫉妬、暴食、色欲、怠惰、強欲、憤怒という七つの欲望や感情を、殺人という極端な形で描き出していく。退職間近の刑事サマセットと血気盛んな新人刑事ミルズが犯人を追う中、犯人ジョン・ドゥは、法を守る刑事でさえ「憤怒」にとらわれれば殺人を犯し得ることを、自らの犯罪計画によって証明しようとする。映画が描くのは、単純な「善と悪」の対立ではない。人間の心には欲望や怒りが存在し、それとどう向き合うかという問題である。また、犯罪が起こると安易に「心の闇」や異常性で説明しようとする社会の姿勢にも疑問を投げかける。人間を「悪魔」のような存在として決めつけるのではなく、その背景を理解しようとすることの大切さを考えさせる作品である。
9月22日


第六十回 裏窓(1954年 米国)
アルフレッド・ヒチコック監督の『裏窓』(1954年・アメリカ)は、事故で車椅子生活となった主人公が、退屈しのぎに向かいの集合住宅を覗くうち、殺人事件の疑惑に巻き込まれていくサスペンス映画です。深夜に大きな鞄を持って外出する男、花壇を気にする姿、肉切り包丁や小型のこぎりなど、主人公が目撃した断片的な情報は、次第に恐ろしい疑惑へと結びついていきます。しかし、友人の刑事はそれを妄想として退け、主人公の推理が正しいのか、それとも単なる思い込みなのか、観客も揺さぶられます。作品には、イソップ寓話「羊飼いの悪戯」、いわゆる「狼少年」の話が重ねられています。一度「嘘つき」と思われた人の言葉は、本当の危機に直面しても信じてもらえません。現代社会でも、誤情報や過剰な警告、冤罪など、真偽を見極める難しさは変わりません。「覗き」という行為の危うさも含め、他人の言葉や目撃情報をどう判断するのかを考えさせる一作です。
8月13日


愛憎◆感情はいつの時代も同じ
時代が変わっても、人間の感情の本質は大きく変わらない。映画『サムソンとデリラ』(1949年・アメリカ)は、旧約聖書に登場する英雄サムソンと美女デリラの物語をもとに、愛と憎しみが交錯する人間ドラマを壮大なスケールで描いた歴史スペクタクルである。怪力を授かったヘブライ人の英雄サムソンは、民族の希望として人々に慕われる存在だった。一方、美貌と策略を武器に生きるデリラは、愛する男に拒絶されたことで嫉妬と復讐心に駆られ、彼を破滅へと導いてしまう。しかし、その過程で彼女自身もまた真実の愛に気づき、深い後悔に苦しむことになる。憧れ、独占欲、嫉妬、誘惑、憎悪、復讐――。古代を舞台にした物語でありながら、そこに描かれる感情は現代社会にも通じる普遍性を持っている。愛と憎しみが表裏一体であることを鮮やかに描いた不朽の名作である。
6月23日


嫉妬◆相手も自分も焼き滅ぼす
人間関係の中で、もっとも扱いが難しい感情のひとつが「嫉妬」である。映画『アマデウス』(1984年・アメリカ)は、天才作曲家モーツァルトと宮廷音楽家サリエリの対比を通して、この感情の深層を描いた作品である。物語は、老いたサリエリの回想として語られ、自らの才能に限界を感じながらも神に祈り続けた彼が、なぜモーツァルトに対して憎悪と執着を抱くに至ったのかを明らかにしていく。下品で奔放でありながら、圧倒的な音楽的才能を持つモーツァルト。その才能を前に打ちのめされたサリエリは、やがて「神はなぜ彼に才能を与え、自分には与えなかったのか」という問いに囚われ、尊敬は憎悪へと変質していく。嫉妬は相手を傷つけるだけでなく、自らの精神をも静かに蝕んでいく。華麗な音楽とともに描かれるその心理劇は、人間の弱さと業の深さを鋭く照らし出す。
6月5日


伝わらぬストーカーの病理
執拗な接近や追跡によって、日常が脅かされるストーカー被害。その恐怖は当事者でなければ理解されにくく、周囲に伝わらない孤立感を伴います。本稿では、ストーカーの行動の背景にある心理と、被害者が抱える深刻な不安や負担について取り上げます。
2025年3月12日


「切れる」怖さ、大人にも
近年、「キレる」という言葉は、子どもや若者の問題として語られることが多くなりました。しかし、突発的な怒りや衝動的な行動は、決して子どもだけのものではありません。むしろ大人の中にも、抑えきれない感情が潜んでいることがあります。
本稿では、映画『フォーリング・ダウン』や『プレッシャー』を手がかりに、「キレる」心理の背景にあるストレスや喪失感、孤立について考えます。そして、感情の爆発をどう理解し、どのように向き合うべきかを見つめ直します。
2025年1月23日
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