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院長コラム
—掲載媒体から探す—
院長はこれまで、新聞連載や寄稿記事、専門誌、企業の社内報など、さまざまな媒体で執筆を続けてきました。
映画や文学を題材としたエッセイをはじめ、こころの健康や精神疾患、人間関係、社会問題などについて、それぞれの媒体の読者に向けて発信してきました。時代や読者層が異なっても、人間のこころへの関心は一貫しています。
このページでは、これまでに掲載されたコラムを媒体ごとにまとめています。それぞれの媒体でどのようなテーマが語られてきたのかをたどりながら、お読みいただければ幸いです。


第五十五回 野いちご (1957年 瑞典)
夢は未来を告げるものなのか、それとも人を惑わす幻にすぎないのか。古代より人間は夢の意味を問い続けてきた。イソップ寓話に語られる「正夢」と「逆夢」の逸話は、その曖昧さを象徴している。映画『野いちご』は、名誉と成功を手にした老医師が、ある悪夢をきっかけに自身の人生を振り返る物語である。旅の途中で出会う人々や、よみがえる過去の記憶を通して、彼はこれまで見過ごしてきた感情や人間関係に向き合っていく。夢と現実、過去と現在が交錯する中で、人生の充足とは何かが静かに問いかけられる。孤独と再生を描いたこの作品は、高齢社会を先取りするかのような深い洞察に満ちている。
1月29日


第五十四回 赤ひげ(1965年 日本)
医師とは何か。その問いは、単なる技術や知識を超え、人間の在り方そのものを問うものである。
イソップ寓話「蛙のお医者」が示すように、自己を顧みず他者を救おうとすることの危うさは、古代から指摘されてきた。
映画『赤ひげ』は、エリート志向の若き医師が、貧困と病に苦しむ人々と向き合う中で、本当の医療の意味に目覚めていく姿を描く。そこでは、医術の限界と同時に、社会の矛盾が生み出す病の現実が浮き彫りにされる。病の背後にある人間の不幸に目を向け、寄り添い続ける覚悟こそが、医師に求められる本質であると静かに語りかける作品である。
2025年12月24日


第五十三回 エジソンズ・ゲーム(2017年 米国)
科学技術の発展は人類の生活を劇的に変えてきたが、その進歩は常に自然との緊張関係の上に成り立っている。
イソップ寓話「造船所のイソップ」は、技術への過信に対する警句として、自然の根源的な力を象徴的に描いている。
映画『エジソンズ・ゲーム』は、19世紀末の電流戦争を題材に、エジソン、ウェスティングハウス、テスラという発明家たちの競争と葛藤を通して、技術覇権と倫理、そして資本主義の論理を浮き彫りにする作品である。
人類の進歩が「誰の技術が正しいか」という競争に還元されるとき、そこには自然という制約と、人間の傲慢さが常に影を落とすことになる。
2025年11月25日


第五十一回 バーフバリ 伝説誕生(2015年 インド)
映画『バーフバリ 伝説誕生』(2015)は、インド神話の英雄譚を思わせる壮大なスケールの歴史叙事映画です。
滝の下の村で育った青年シヴドゥは、幼い頃から滝の上の世界に強い関心を抱き、ついにそこへと到達します。そこで彼は王国を支配する暴君と戦う女戦士と出会い、囚われた王妃の救出という使命に関わることになります。やがて彼自身が王国の正統な血を引く存在であることが明らかになります。
古代の寓話が語る理想の為政者の姿と重ねながら、本作は人々が望む「正しい王」のイメージを躍動的に描き出しています。
2025年9月26日


第五十二回 リリーのすべて(2015年 英•米•独映画)
『リリーのすべて』は、トランスジェンダーとして生きる決断をした人物と、それを受け入れようとする妻の姿を描いた物語である。性の自己認識と人間のアイデンティティ、そして理解と愛のあり方を静かに問いかける作品である。
2025年9月26日


第五十回 世界にひとつの金メダル(2013年仏蘭西・加奈陀合作)
人はしばしば、自らの意思で進んでいると思いながら、実は見えない力に導かれているのかもしれない。イソップ寓話にある「暴れ馬に乗った男」の話は、その象徴的な一例である。映画『世界にひとつの金メダル』は、暴れ馬ジャップルーと若き騎手ピエールの軌跡を通して、衝動や迷いに翻弄されながらも、自らの進む道を見出していく過程を描く。挫折、非難、別れ――それらを経てなお、人は何を拠りどころに再び立ち上がるのか。本作は、人と馬の関係を超えて、「自分の人生の手綱を誰が握っているのか」という根源的な問いを投げかける。
2025年8月20日


第四十九回 炎のランナー(1981年 英国)
才能に恵まれた者が必ずしも勝者になるとは限らない――イソップ寓話「亀と兎」が示すこの普遍的な教訓は、時代を超えて多くの人の心に響いてきた。
映画『炎のランナー』は、1924年パリ五輪に挑んだ若者たちの実話をもとに、努力と信念、そしてそれぞれの価値観に忠実に生きる姿を描き出す。差別に抗い勝利を目指す者、信仰を貫く者――その歩みは決して平坦ではないが、揺るがぬ意志が人生を切り拓いていく。現代に生きる私たちにも「どう走るか」を問いかけてくる。
2025年7月31日


第四十八回 リバー・ランズ・スルー・イット(1992年・米国)
時間をどう生きるかという問いは、人間の行動原理を大きく左右する。
イソップ寓話「蟻とセンチコガネ」は、余剰のある季節に備えた者と、享楽のうちに過ごした者の対比を通して、未来志向の合理性を強く教える物語である。
一方、映画『リバー・ランズ・スルー・イット』は、フライ・フィッシングを媒介として、兄弟それぞれの生き方と喪失、そして不可逆に流れ続ける時間そのものを描き出す作品である。そこでは単なる勤勉と怠惰の対立ではなく、「備える人生」と「流れに身を委ねる人生」が交差し、どちらも一面的には裁ききれない深みを帯びていく。人生とは蓄積か、それとも流動か――その問いが投げかけられている。
2025年6月26日
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