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院長コラム
—掲載媒体から探す—
院長はこれまで、新聞連載や寄稿記事、専門誌、企業の社内報など、さまざまな媒体で執筆を続けてきました。
映画や文学を題材としたエッセイをはじめ、こころの健康や精神疾患、人間関係、社会問題などについて、それぞれの媒体の読者に向けて発信してきました。時代や読者層が異なっても、人間のこころへの関心は一貫しています。
このページでは、これまでに掲載されたコラムを媒体ごとにまとめています。それぞれの媒体でどのようなテーマが語られてきたのかをたどりながら、お読みいただければ幸いです。


第四十七回 コヨーテ・アグリー(2000年・米国)
人はなぜ恥ずかしさを感じ、なぜその瞬間に顔を赤らめるのか。イソップ寓話「赤面の起源」は、善悪の区別が曖昧だった時代に、神が人間に“恥じる能力”を与えたという象徴的な物語である。そこでは赤面とは弱さではなく、むしろ倫理の証として描かれる。一方、映画『コヨーテ・アグリー』は、舞台恐怖に悩む女性が、自己表現への恐怖と向き合いながら、音楽と人間関係を通して自己を回復していく過程を描いた作品である。人前に立てない恐怖、声が出ない沈黙、そして一瞬の光の中で取り戻される自己。恥ずかしさとは抑圧ではなく、むしろ自己と他者の境界が最も鋭敏になる瞬間なのかもしれない。
2025年5月30日


第四十六回 復活の日(1980年 日本)
病状の経過が「良い按配」と説明されながら、実際には死に向かっているというイソップ寓話の逆説は、言葉と現実の乖離を鋭く突いている。
医師の楽観的な評価が必ずしも回復を意味しないように、人間はしばしば「良い兆候」という言葉に安心し、事態の本質を見誤ることがある。
映画『復活の日』(1980年 日本)は、冷戦下の軍事ウイルスが世界規模のパンデミックを引き起こし、人類が極限状況へと追い込まれていく過程を描く。そこでは医療や科学の進歩すら制御不能な現実に直面し、「予測」と「実際」のずれが文明全体の運命を左右することが示される。
寓話と映画は共通して、私たちが「安心」と呼ぶ判断の危うさを浮かび上がらせている。
2025年4月25日


第四十五回 ベイブ(1995年濠太剌利・米国)
人はしばしば、自らの立場や都合によって他者の価値を決めてしまう。
イソップ寓話「仔豚と羊」が示すように、同じ「捕らえられる」状況でも、その意味は全く異なる。映画『ベイブ』は、食べられる運命にある子豚が、牧羊犬の役割を担うという逆転の物語を通して、「存在意義」と「共生」のあり方を優しく問いかける作品だ。コロナ禍や
社会不安が続く現代において、命の選別や差別が浮き彫りになる中、本作は他者を尊重し合う視点の大切さを静かに語りかける。無垢な子豚の成長物語でありながら、その根底には社会構造への深い示唆が込められている。
2025年3月25日


第四十四回 パパの木(2010年 オーストラリア・フランス合作)
人は、失った存在を完全に手放すことができず、象徴や記憶の中にその姿を見いだそうとする。一方で、この世界に完全なものは存在せず、どんな創造物や制度にも必ず欠点がある。喪失と不完全性という二つの現実の中で、人はどのように生きていくのか。
映画『パパの木』は、突然父を失った家族が、大樹にその存在を感じ取りながら再生していく姿を描く。一方、イソップ寓話集の「ゼウス、プロメテウス、アテナとモーモス」は、あらゆるものに欠点を見出す人間の視点を通じて、完全な存在があり得ないことを示している。両者は異なる形を取りながらも、人間が不完全な現実に意味を与えつつ生きる姿を浮き彫りにする。
2025年2月12日


第四十三回 きっとうまくいく (2009年 印度)
イソップ寓話には、自分より秀でた者を侮ると、知らぬ間に更なる困難を招くという教訓が語られています。人の欲望や競争心は、ときに予期せぬ結果を生むものです。
インドの名門工科大学を舞台にした映画『きっとうまくいく』(2009年)は、三人の若者の友情と挑戦を通じて、自由な学びと人生の選択を描いた物語です。トップを目指すランチョーと、劣等感に悩むファルハーンとラージュー。夢や信念に従いながら成長する彼らの姿は、笑いと感動を交えて人生の知恵を浮かび上がらせます。
寓話の教えを手がかりに、この躍動感あふれる映画を振り返ります。
2025年1月9日


第四十二回 80デイズ(2004年 米国)
人はしばしば理想や夢を語るが、それを現実のものにするには行動が不可欠である。
八十日間世界一周を原作とする映画80デイズは、突飛とも思える挑戦を実行に移すことで道を切り開いていく姿を描く。発明家フォッグと、中国人ラウの旅は、単なる冒険譚にとどまらず、それぞれが抱える目的や信念を実現していく過程でもある。
旅の中では幾度も困難や妨害に直面するが、機転や協力によって乗り越えていく。その積み重ねが、最終的には「証明」として結実する。これはイソップ寓話の「言葉ではなく事実で示せ」という教訓にも通じる。
現代では移動手段の発達により世界は身近になったが、本質的な意味での「旅」は変わらない。未知に踏み出し、自らの力で確かめる経験こそが、人を成長させる。人生そのものが一つの旅であるとすれば、求められるのは語ること以上に、実際に一歩を踏み出す勇気である。
2024年12月6日


第四十一回 LIFE!(2013年 米国)
人生は時に単調に見えても、その内側には豊かな想像と感情の世界が広がっている。LIFE!は、雑誌「LIFE」の写真管理部門で働く冴えない中年男性ウォルターが、失われたネガを探す旅に出る物語である。彼は空想の世界に逃避しながらも、現実の旅を通して少しずつ行動する勇気を取り戻していく。
北極圏からヒマラヤへと続く旅は、単なる冒険ではなく、自己変容の過程でもある。失敗や誤解、喪失を経て、ウォルターは他者との関係性や自分自身の価値を再発見していく。その過程で描かれるのは、派手な成功ではなく、静かな自己回復である。
人生(LIFE)は生命であり、生活であり、物語でもある。空想に閉じこもることと現実を生きることの間で揺れながら、人は少しずつ自分の「生」を形づくっていく。そこにこそ、この作品の静かな力がある。
2024年11月21日


第四十回 悪魔の美しさ(1948年仏蘭西)
人間は若さや欲望に強く惹かれる一方で、老いという避けがたい現実と向き合わなければならない存在である。映画悪魔の美しさは、ファウスト伝説をもとに、若さ・富・愛と引き換えに魂を差し出す人間の姿を描いた作品である。
物語では、老いた大学教授ファウストが悪魔メフィストの誘惑により若返り、青年アンリとして新たな人生を得る。しかし、その代償として魂の契約が彼を支配し、富や力を得ながらも次第に自由を失っていく。ジプシーの娘との愛を軸に、欲望と救済のはざまで揺れる人間の姿が描かれる。
この寓話は、若さへの執着や老いへの恐れだけでなく、人間が人生の各段階でどのように性格や価値観を変化させていくのかを象徴的に示している。老いは単なる衰退ではなく、欲望と経験が形を変える過程でもある。
2024年10月2日
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