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院長コラム
—掲載媒体から探す—
院長はこれまで、新聞連載や寄稿記事、専門誌、企業の社内報など、さまざまな媒体で執筆を続けてきました。
映画や文学を題材としたエッセイをはじめ、こころの健康や精神疾患、人間関係、社会問題などについて、それぞれの媒体の読者に向けて発信してきました。時代や読者層が異なっても、人間のこころへの関心は一貫しています。
このページでは、これまでに掲載されたコラムを媒体ごとにまとめています。それぞれの媒体でどのようなテーマが語られてきたのかをたどりながら、お読みいただければ幸いです。


スティング(1973年 米国)
1930年代のアメリカ、大恐慌と犯罪が渦巻く時代において、暴力ではなく知恵で相手を出し抜くことを“粋”とする詐欺師たちが存在した。映画『スティング』は、そんな知能犯たちの世界を軽妙かつ痛快に描いた作品である。仲間を殺された若き詐欺師が、伝説的なベテランと手を組み、巨大な犯罪組織のボスに挑む。綿密に練られた計画と巧妙な仕掛けによって、大金を巻き上げる復讐劇は観る者に爽快感を与える。しかし同時に、本作は「騙すこと」の倫理的な曖昧さも浮かび上がらせる。弱者を食い物にする詐欺は許されないが、悪人を出し抜く騙しはなぜか快く感じられる――その感情の揺らぎこそが、この作品の核心である。
2025年3月13日


躁うつ病患者らへのエール
感情の高揚と深い落ち込みを繰り返す躁うつ病は、本人にとって極めて過酷な体験である一方で、その振幅の大きさゆえに創造性や才能と結びつけて語られることも少なくない。映画『奇跡の人』で知られる女優パティ・デュークは、自ら躁うつ病を患いながら、その経験を著書にまとめ、同じ苦しみを抱える人々にメッセージを送り続けた。躁状態の万能感と、うつ状態の絶望とのあいだで揺れ動く日々は、決してドラマチックなだけではなく、現実には消耗と葛藤の連続である。だからこそ重要なのは、「劇的な回復」ではなく、安定を保ちながら生き続けるという選択である。本稿では、躁うつ病の特徴と向き合い方を通して、持続可能な生き方の意味を考える。
2025年3月13日


伝わらぬストーカーの病理
執拗な接近や追跡によって、日常が脅かされるストーカー被害。その恐怖は当事者でなければ理解されにくく、周囲に伝わらない孤立感を伴います。本稿では、ストーカーの行動の背景にある心理と、被害者が抱える深刻な不安や負担について取り上げます。
2025年3月12日


銀幕の少年に見る自立の姿
人はどのようにして「自立」へと至るのでしょうか。親との関係は支えであると同時に、ときに成長を縛る要因にもなります。本稿では、成長を拒む少年を描いた映画を通して、葛藤や自我の確立の難しさ、そして真の自立とは何かについて考えます。
2025年3月11日


不安・恐怖、薬で抑える時代
日常の不安や恐怖は誰にでもあるものですが、それが過度になると生活に支障をきたすことがあります。過去の体験に根ざした強い不安が行動を縛り、社会生活に影響を及ぼすことも少なくありません。本稿では、映画に描かれた人物像を通して強迫の心理を読み解きつつ、不安と向き合う新たな手段としての薬物療法の意義について考えます。
2025年3月10日


飛行機恐怖症「軟着陸」の方法
飛行機は安全な移動手段とされながらも、「落ちるかもしれない」という不安から強い恐怖を感じる人は少なくありません。一度パニック発作を経験すると、その記憶が予期不安となり、次の搭乗を困難にしてしまうこともあります。本稿では、映画の一場面を手がかりに、その克服に向けた現実的なアプローチについて考えます。
2025年3月7日


ルート・アイリッシュ(2010年 英吉利、仏蘭西、白耳義ほか)
戦争は国家の論理によって正当化されるが、その現場ではしばしば個人の倫理や良心が深く傷つけられる。とりわけ現代の戦争は、国家だけでなく民間企業も関与する複雑な構造を持ち、責任の所在が曖昧になりがちである。映画 ルート・アイリッシュ は、イラク戦争に従事した民間軍事要員の死の真相を追う過程で、戦争の裏側に潜む暴力と隠蔽、そして人間の尊厳の問題を浮き彫りにする。親友の死に疑念を抱いた主人公は、残された記録を手がかりに真実へと迫っていくが、そこにあったのは正義と呼ぶにはあまりにも重い現実だった。戦争の是非をめぐる議論とは別に、一人ひとりの人間が何を見て、何を許し、何に抗うのか――その問いが突きつけられる作品である。
2025年3月5日


「クローン人間」夢より脅威
バイオテクノロジーの進歩は、これまで不可能とされてきた生命の操作を現実のものにしつつある。クローン技術はその象徴であり、医療の発展に寄与する可能性を秘める一方で、人間の存在そのものに対する根本的な問いを投げかける。映画 ブラジルから来た少年 は、歴史的人物のクローンを生み出そうとする試みを通じて、倫理の逸脱と科学の暴走を描いた。一方、クローンズ では、マイケル・キートン が「もう一人の自分」を求める現代人の願望をコミカルに体現している。だが、同一の遺伝子を持つ存在であっても、それは決して同じ「個人」ではない。記憶や経験、関係性によって形づくられる人格は複製できないからだ。クローンという発想は、効率や利便性を追求する現代社会の延長線上にあるが、その先には人間の尊厳や唯一性が揺らぐ危うさが潜んでいる。
2025年3月4日


自然との対話 家族のきずな
人は、すべてを理解し合えなくても、深く結びつくことができるのでしょうか。
雄大な自然の中で育まれる家族の関係は、ときにすれ違い、ときに支え合いながら続いていきます。
本作『リバー・ランズ・スルー・イット』は、モンタナの美しい風景とともに、兄弟の異なる生き方と、それを見守る父のまなざしを描いた作品です。
理解できない相手を愛することはできるのか——家族の本質を取り上げます。
2025年3月3日


別離(イラン 2011年)
家族は本来、最も強い絆によって結ばれているはずだが、その関係はときに社会的・経済的・倫理的な選択によって引き裂かれることがある。映画『別離』(2011年、イラン)は、夫婦の離婚問題に端を発し、認知症の父の介護、宗教的価値観の違い、経済的困窮といった複数の現実が複雑に絡み合いながら、やがて司法の場へと発展していく過程を描いている。そこでは「誰が正しいか」という単純な判断は成立せず、それぞれの立場にそれぞれの事情と正義が存在することが浮き彫りになる。現代社会において家族の問題は個人の領域にとどまらず、制度や文化、そして偶発的な出来事によって大きく揺さぶられることをこの作品は示している。
2025年2月27日
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