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院長コラム
—掲載媒体から探す—
院長はこれまで、新聞連載や寄稿記事、専門誌、企業の社内報など、さまざまな媒体で執筆を続けてきました。
映画や文学を題材としたエッセイをはじめ、こころの健康や精神疾患、人間関係、社会問題などについて、それぞれの媒体の読者に向けて発信してきました。時代や読者層が異なっても、人間のこころへの関心は一貫しています。
このページでは、これまでに掲載されたコラムを媒体ごとにまとめています。それぞれの媒体でどのようなテーマが語られてきたのかをたどりながら、お読みいただければ幸いです。


人生は威厳ある老いへの旅
老いは避けることのできない人生の帰結でありながら、多くの人にとって受け入れがたい現実でもある。若さや活力を価値とする社会の中で、老いはしばしば衰えや喪失として捉えられる。しかし、老いとは単なる終わりではなく、これまでの人生を見つめ直し、意味づける時間でもある。野いちごは、老学者が旅の中で過去と向き合い、記憶と現実が交錯する中で自己を再認識していく姿を描く。死を意識するからこそ浮かび上がる人生の本質――老いとは、威厳をもって生を引き受けるための最後の旅路なのかもしれない。
2025年4月10日


ひとりぼっちの青春(1970年 アメリカ)
努力すれば報われる――そんな前提が崩れ去るとき、人は何を支えに生きるのか。大恐慌下のアメリカを舞台にしたひとりぼっちの青春は、極限状態の中で生きる若者たちの姿を通して、希望の脆さと現実の残酷さを描き出す。昼夜を問わず踊り続けるマラソン・ダンスという見世物は、単なる娯楽ではなく、貧困と絶望に追い詰められた人々の生存競争そのものである。そこでは努力や忍耐すら搾取の対象となり、人間の尊厳は容易に踏みにじられる。夢や成功を信じることさえ過酷な時代において、人間はどこまで自分を保てるのか――その問いが突きつけられる。
2025年4月10日


有名人多数、うつ病に悩んだ
うつ病は特別な人だけのものではない。むしろ、時代や環境、そして個人の感受性の中で誰もが向き合い得る心の状態である。かつて「内因性精神病」と呼ばれたうつ病は、ストレス社会の進行とともに増加し、その理解も変化してきた。音楽家のピョートル・チャイコフスキーや政治家のウィンストン・チャーチルのように、歴史に名を残す人物たちもまた、うつと向き合っていたとされる。映画心のままには、躁うつの揺れ動く精神状態を描きながら、人間の心の不安定さと、それでも生きていく営みを浮き彫りにする。うつは単なる弱さではなく、人間の深い内面と結びついた現象でもある。
2025年4月9日


適切な助言難しい嫁姑問題
家族という最も近い関係ほど、感情の摩擦は複雑になる。嫁と姑の対立は、単なる性格の不一致ではなく、世代、価値観、そして生活の積み重ねが交差する問題でもある。そこでは「正しい助言」が必ずしも機能するとは限らず、むしろ語ることでしか保てない均衡が存在する。映画フライド・グリーン・トマトは、閉塞した日常の中で抑圧された女性が他者の語りに触れることで、自らの生き方を取り戻していく過程を描く。声を上げることと、誰かの声に耳を傾けること。その間にある揺らぎこそが、家族関係の現実を映し出している。
2025年4月8日


感染症の恐怖と闘う人たち
感染症は単なる医学的問題ではなく、人間の心理や社会の構造そのものを揺るがす現象でもある。ウイルスや細菌は身体を侵すだけでなく、恐怖や偏見を通じて人と人との関係性にも深い影響を与える。フィラデルフィアは、エイズをめぐる差別と法的闘争を通して、社会がいかに「見えない恐怖」によって倫理を揺るがされるかを描いた作品である。感染症は医療の問題であると同時に、人間の価値観や社会的包摂のあり方を問う試金石でもある。恐怖と向き合うとは、病そのものだけでなく、それを取り巻く社会のまなざしとも対峙することなのだ。
2025年4月7日


「逆境」対策に周囲の支えも
いじめや虐待、孤立といった逆境体験は、個人の心に深い傷を残すことがある。その影響は一時的なストレスにとどまらず、不登校や引きこもり、自傷行為など、長期的な生活機能の低下へとつながることも少なくない。しかし、同じような逆境を経験しても、回復に向かう人とそうでない人が存在する。その差を生む要因の一つが「周囲からの支え」である。スティーヴン・スピルバーグ監督の映画『カラーパープル』は、暴力と抑圧の中に置かれた女性が、わずかな人間関係のつながりを支えに再生していく過程を描いている。逆境そのものを消すことはできなくとも、それを乗り越える力は関係性の中で育まれることが示唆される。
2025年4月4日


シンデレラマン(2005年 アメリカ)
経済的危機は、個人の努力や才能とは無関係に生活基盤を奪い、人々を社会の周縁へと押しやる。特に世界大恐慌のような歴史的な不況は、失業や貧困を通じて多くの家庭の尊厳を揺るがした。ロン・ハワード監督の映画『シンデレラマン』は、そうした時代に実在したボクサー、ジム・ブラドックの人生を描き出している。一度は故障と不況によってリングを離れ、肉体労働で家族を支える日々に追い込まれながらも、再びチャンスを得て世界王者へと駆け上がる姿は、単なるスポーツ成功譚ではない。それは、失業と貧困という社会的現実の中で、人間がいかに尊厳を保ち直すかという問いでもある。
2025年4月2日


害なき妄想、責められぬが・・・
人間の心は、現実そのものだけで構成されているわけではない。むしろ現実を補うかたちで、誇大な自己像や願望充足的な物語が生み出されることがある。精神医学における妄想は、必ずしも不安や苦痛を伴うとは限らず、むしろ本人にとっては極めて確かな現実として体験される場合もある。1995年の映画『ドンファン』では、数多くの恋愛遍歴を語る男と、それを受け止めきれない精神科医の姿が描かれ、虚構と真実の境界が揺さぶられていく。こうした「信じたい物語」は、時に周囲に混乱をもたらす一方で、害を伴わない限りにおいては、人間の想像力や希望の一形態として理解することも可能である。
2025年4月1日
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