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院長コラム
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院長はこれまで、新聞連載や寄稿記事、専門誌、企業の社内報など、さまざまな媒体で執筆を続けてきました。
映画や文学を題材としたエッセイをはじめ、こころの健康や精神疾患、人間関係、社会問題などについて、それぞれの媒体の読者に向けて発信してきました。時代や読者層が異なっても、人間のこころへの関心は一貫しています。
このページでは、これまでに掲載されたコラムを媒体ごとにまとめています。それぞれの媒体でどのようなテーマが語られてきたのかをたどりながら、お読みいただければ幸いです。


事故のストレス 家族にも
突然の事故は、身体の機能だけでなく、その人の生き方や楽しみ、そして家族との関係にまで大きな変化をもたらします。脊髄損傷などの重い後遺症は、本人の喪失感や無力感を引き起こすだけでなく、日常生活を支える家族にも大きな負担とストレスをもたらします。
本稿では、映画『ラリー・フリント』を手がかりに、事故によって人生が一変した人間の心理と、それを支える配偶者の姿に焦点を当てながら、「あの時さえなければ」という思いとともに生きる現実について考えます。
2025年1月29日


最高の人生をあなたと(2011年 仏・白耳義・英吉利)
人生の後半に差しかかるとき、人はこれまで当然のように続いてきた関係や役割をあらためて見直す局面に立たされる。子どもの独立、仕事からの退場、身体機能の変化といった出来事は、静かにしかし確実に「自分は何者か」という問いを突きつけてくる。
映画『最高の人生をあなたと』(2011年)は、長い結婚生活を経た熟年夫婦が、それぞれの内面に生じた空白と向き合う姿を描いている。表面的には安定して見える生活の裏側で、記憶の揺らぎや老いの不安が関係性の歪みとして立ち上がる構造が印象的である。
特にメアリーの「私の人生って何?」という問いは、個人のアイデンティティが家族や配偶関係の中に埋め込まれていたことを浮かび上がらせる。一方でアダムは別の場所で自らの専門性と向き合い、同じ時間を共有しながらも異なる方向へと精神が離れていく。そこにあるのは対立というよりも、人生の局面によってずれていく「関係の再配置」である。
老いとは単なる衰退ではなく、関係性を再定義する時間でもある。この作品は、その再定義がときに痛みを伴いながらも、新たな距離感として再構築されうることを示している。
2025年1月29日


映画は患者への心の栄養剤
映画は単なる娯楽にとどまらず、人のこころに働きかけ、時に生きる力を呼び起こす存在でもあります。困難な状況にある人にとって、物語の中の挑戦や再生の姿は、自分自身を見つめ直すきっかけとなり得ます。
本稿では、『クール・ランニング』や『ニュー・シネマ・パラダイス』といった作品を手がかりに、映画がどのように心に作用し、治療や回復の過程において「心の栄養剤」となりうるのかを考えます。現実と物語の間を行き来することで生まれる気づきや希望に光を当てます。
2025年1月28日


肝臓先生は精神科とも連携
身体の病は、しばしばこころにも深い影響を及ぼします。とくに慢性疾患や大きな治療を経験した後には、不安や抑うつといった精神的な変化が現れることも少なくありません。こうした心身の相互作用に対して、医療はどのように向き合うべきなのでしょうか。
本稿では、C型肝炎の治療とその後に生じたうつ症状の事例を通して、身体疾患と精神医療の関係を考えます。また、映画『カンゾー先生』に描かれる医師像を手がかりに、現代医療における診療科の連携と、患者を全人的に支える視点の重要性に迫ります。
2025年1月27日


自閉症への理解進んだが…
自閉症は比較的新しい概念であり、その理解はここ数十年で大きく進んできた。しかし、社会的な認知が広がる一方で、実際の当事者や家族が直面する現実は依然として複雑である。感情表現やコミュニケーションの困難さは、周囲との関係を築く上で大きな障壁となり、日常生活の中での支援の重要性が浮き彫りになる。
映画『レインマン』は、自閉症の兄と弟の旅を通じて、この障害への社会的理解を一気に広げた作品である。特異な記憶力や能力が注目されがちだが、作品の本質は、他者を理解しようとする過程と、関係性の再構築にある。
一方で現実には、知的障害を伴う重度のケースも少なくなく、「才能」という側面だけで語ることはできない。さらに、家族の在り方そのものも変化しつつあり、かつてのように生活を共有する時間が減る中で、支え合いの基盤は揺らいでいる。自閉症への理解とは、特性を知ることにとどまらず、その人が生きる環境全体を見つめ直すことでもある。
2025年1月25日


「切れる」怖さ、大人にも
近年、「キレる」という言葉は、子どもや若者の問題として語られることが多くなりました。しかし、突発的な怒りや衝動的な行動は、決して子どもだけのものではありません。むしろ大人の中にも、抑えきれない感情が潜んでいることがあります。
本稿では、映画『フォーリング・ダウン』や『プレッシャー』を手がかりに、「キレる」心理の背景にあるストレスや喪失感、孤立について考えます。そして、感情の爆発をどう理解し、どのように向き合うべきかを見つめ直します。
2025年1月23日


自己愛◆ごう慢な権力者の孤独
権力や富を手にした人間は、本当に幸福に近づくのだろうか。むしろ、それらを追い求める過程で人間関係は歪み、最終的に深い孤独へと至ることも少なくない。中日新聞で紹介された映画『市民ケーン』は、その典型的な構造を描いた作品として、今なお高く評価されている。
物語の中心人物ケーンは、新聞王として成功を収め、政治や文化の領域にも影響力を拡大していく。しかしその過程で、愛情や信頼といった人間関係は次第に崩壊し、彼の人生は華やかさとは裏腹に空虚さを深めていく。
ケーンの行動は、現代的な視点から見ると「自己愛性パーソナリティー障害」に類似する特徴を持つとも解釈される。幼少期の愛情不足や分離体験が背景にあるとされ、権力や支配への過剰な執着として表れる点が重要である。
映画の象徴である「バラのつぼみ」は、失われた子ども時代の幸福を示唆しているとされ、どれほど成功を積み重ねても埋められない心の空洞を浮き彫りにする。そこには、富や名声では代替できない人間の根源的な欲求が存在していることが示されている。
2025年1月22日


何とか越えたい中年危機
人生の折り返し地点ともいえる中年期は、多くの人にとって大きな転機となります。仕事上の限界、家族関係の変化、そして大切な人との別れ――さまざまな「喪失」が重なることで、これまで築いてきた自己のあり方が揺らぐことも少なくありません。
本稿では、映画『ミルドレッド』や『フェイク』を手がかりに、中年期に訪れる危機とその乗り越え方について考えます。喪失の中でなお生きる意味を見出し、それぞれのかたちで再出発していく人々の姿から、人生の折り返し地点ともいえる中年期は、多くの人にとって大きな転機となります。仕事上の限界、家族関係の変化、そして大切な人との別れ――さまざまな「喪失」が重なることで、これまで築いてきた自己のあり方が揺らぐことも少なくありません。
本稿では、映画『ミルドレッド』や『フェイク』を手がかりに、中年期に訪れる危機とその乗り越え方について考えます。喪失の中でなお生きる意味を見出し、それぞれのかたちで再出発していく人々の姿から、新たな生き方を探ります。
2025年1月22日
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