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院長コラム
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院長はこれまで、新聞連載や寄稿記事、専門誌、企業の社内報など、さまざまな媒体で執筆を続けてきました。
映画や文学を題材としたエッセイをはじめ、こころの健康や精神疾患、人間関係、社会問題などについて、それぞれの媒体の読者に向けて発信してきました。時代や読者層が異なっても、人間のこころへの関心は一貫しています。
このページでは、これまでに掲載されたコラムを媒体ごとにまとめています。それぞれの媒体でどのようなテーマが語られてきたのかをたどりながら、お読みいただければ幸いです。


「ちょっと一杯」もほどほどに
日常のストレスを和らげる手軽な方法として、「一杯飲む」習慣は広く受け入れられている。しかしその手軽さの裏には、依存へとつながる危険性が潜んでいる。特に家庭内での孤独やストレスが重なる場合、飲酒は気づかぬうちに生活の中心へと入り込みやすい。
アルコール依存症は、世界的にも重要な精神医学的問題であり、日本でも数多くの患者が存在するとされる。習慣的な飲酒は睡眠障害や身体疾患だけでなく、家族関係の破綻にも直結することがある。
映画男が女を愛する時では、アルコール依存に陥った妻と、それを支えようとする家族の葛藤が描かれる。愛情と絶望が交錯する中で、当事者だけでなく周囲の理解と支援の重要性が浮かび上がる。
2024年10月17日


てんかん患者と家族の苦悩
てんかんは神経の異常によって発作を引き起こす疾患であり、日本でも多くの患者が存在する。かつては精神疾患とみなされた歴史もあるが、現在では神経系の病気として小児科や神経内科を中心に治療が行われている。とはいえ、発作の不確実性や長期にわたる服薬は、患者本人だけでなく家族にも大きな負担をもたらす。
映画誤診(原題 First Do No Harm)は、難治性てんかんを抱える子どもと、その治療に奔走する母親の姿を描いた作品である。治療が思うように進まない中で、医療への不信や葛藤が生じ、それでもなお子どもを救おうとする家族の強い思いが浮かび上がる。
この作品が示すのは、医学的治療だけでは解決しきれない「生活としての病」であり、患者と家族が共に背負う現実である。医療の限界と可能性、その両方を見据えることの重要性を問いかけている。
2024年9月25日


中高年の女性に多い不眠症
「眠れない」という悩みは、現代社会において決して珍しいものではない。日本人の約4人に1人が不眠を経験しているとされ、とりわけ中高年の女性に多いことが知られている。不眠は単なる体質の問題と思われがちだが、その背景には日常生活の不満やストレス、対人関係の悩みなど、心理的要因が深く関わっている場合が多い。
現代は本来の生活リズムを崩しやすく、仕事や娯楽によって睡眠時間が軽視されがちである。その結果、ストレスと不眠が相互に影響し合い、「眠れないこと自体が新たな不安を生む」という悪循環に陥るケースも少なくない。
不眠の原因は身体疾患から精神疾患まで多岐にわたり、放置すれば生活の質の低下だけでなく、深刻な心の問題につながる可能性もある。適切な生活習慣の見直しとともに、早めの対処が重要とされている。
2024年9月11日


統合失調症、社会復帰に援助を
統合失調症は長期的な治療と支援を必要とする精神疾患であり、症状の安定後も社会復帰には多くの困難が伴う。かつては長期入院が主流だったが、「地域で生きる」という理念のもと、脱施設化が進められてきた。しかし、その理想と現実の間には大きな隔たりがある。
映画聖者の眠る街は、退院後に社会の中で生きる統合失調症の当事者の姿を描き、その孤独や葛藤を浮き彫りにしている。医療から離れた後、生活のすべてを自分で担うことになる現実は厳しく、支援が不十分であれば再び孤立に陥る危険もある。
真の社会復帰とは、単に病院を出ることではなく、安心して暮らせる居場所と周囲の理解を得ることにある。医療・福祉・地域社会が連携し、一人ひとりに応じた継続的な支援を行う体制づくりが求められている。
2024年8月21日


歩行中にも発作的に居眠り
日常生活の中で誰もが経験する眠気は、通常は一時的な疲労反応にすぎない。しかし、意志とは無関係に突然眠り込んでしまう場合、その背後には病的な要因が潜んでいることがある。ナルコレプシーは代表的な過眠症の一つであり、日中の強い眠気や突然の睡眠発作を特徴とする神経疾患である。
精神科医・粥川裕平氏は、歩行中や会話中にも発作的に眠ってしまう患者の事例を紹介しながら、この疾患が単なる「怠け」や「性格の問題」と誤解されやすい現実を指摘する。映画マイ・プライベート・アイダホでも描かれたように、当事者は社会的偏見や孤立に直面しやすい。
一方で、適切な診断と薬物治療により症状が改善する例もあり、早期の医療的介入が重要となる。病気への理解と社会的支援の不足は、患者の生活や就労に大きな影響を与えるため、医療と社会の両面からの支援体制が求められている。
2024年7月31日


共同作業の喜び、患者に自信
精神科医療の現場では、治療は薬物療法やカウンセリングだけにとどまらない。患者が社会性や主体性を取り戻すためには、「誰かと共に何かを成し遂げる体験」が重要な意味を持つ。精神病院では年間行事や文化活動、デイケアなどを通じて、患者同士やスタッフとの関わりが日常的に築かれている。
統合失調症をはじめとする精神疾患の患者は、繊細で傷つきやすく、ストレスに対して脆弱であるとされる。そのため孤立しやすく、自信や意欲を失いがちである。しかし、演劇や創作活動などの共同作業に参加することで、自分の役割を実感し、他者からの評価を受ける経験が回復への大きな契機となる。
映画ハーモニーは、精神病院での演劇活動を通じて、混沌とした個性が調和へと変わっていく過程を描き出す。そこには、医療の枠を超えた「人間的回復」の本質が映し出されている。
2024年7月17日


ポストを巡る自己愛の病理
人は誰しも評価されたいという欲求を持っている。しかし、その自己愛が過剰になると、他者との比較の中で嫉妬や劣等感を生み、時に人間関係や組織を大きく歪める力となる。映画 アマデウス は、天才 ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト と、その才能に苦しむ アントニオ・サリエリ の対比を通して、この普遍的な心理を鮮やかに描き出している。
実力差を認められないプライドは、やがて嫉妬となり、心の内側で増幅していく。現実の社会でも、昇進や評価を巡る競争の中で同様の葛藤は少なくない。表面上は些細に見える「ポスト争い」も、当事者にとっては自己価値そのものに関わる問題である。
このような自己愛の病理は、時に攻撃性や内的な苦悩として現れ、組織の活力を損なう要因にもなる。現代社会において、他者との比較にとらわれすぎず、自分の位置をどう受け止めるかが重要な課題となっている。
2024年6月26日


知的障害者の純朴さ・実直さ
障害を抱える人と共に生きる家族の日常には、外からは見えにくい葛藤と負担がある。
映画 ギルバート・グレイプ は、知的障害の弟と家族を支える兄の姿を通して、静かにその現実を描き出す。
弟アーニーの行動はしばしば周囲を困らせるが、その無垢さや率直さは、打算や虚飾に満ちた社会とは対照的である。効率や知性が重視される現代において、彼の存在は「人間らしさとは何か」という問いを突きつける。
本作は、障害の有無を越えて、家族の絆や支え合いの意味を丁寧に描き、見る者に価値観の再考を促す。巧妙さではなく純朴さ、駆け引きではなく誠実さが、人の心を動かす力になることを示している。
2024年6月12日
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