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院長コラム
—掲載媒体から探す—
院長はこれまで、新聞連載や寄稿記事、専門誌、企業の社内報など、さまざまな媒体で執筆を続けてきました。
映画や文学を題材としたエッセイをはじめ、こころの健康や精神疾患、人間関係、社会問題などについて、それぞれの媒体の読者に向けて発信してきました。時代や読者層が異なっても、人間のこころへの関心は一貫しています。
このページでは、これまでに掲載されたコラムを媒体ごとにまとめています。それぞれの媒体でどのようなテーマが語られてきたのかをたどりながら、お読みいただければ幸いです。


認知症◆それでも愛されるか
映画『きみに読む物語』(原題:The Notebook)は、認知症という過酷な現実の中で、それでもなお消えない愛のかたちを描いた感動作である。
物語は、記憶を失った妻に対して、夫がかつての恋の記憶を語り続ける場面から始まる。若き日の二人は身分違いの恋に引き裂かれながらも、強い思いで結ばれていく。しかし時を経て、妻はアルツハイマー病により記憶を失ってしまう。夫は日々、過去の物語を読み聞かせることで、失われた絆をつなぎ止めようとする。
本作は、記憶という不確かなものに対して、愛という確かなものがどこまで寄り添えるのかを問いかける。老いと病を超えてなお人を支える感情の深さを、力強く描き出している。
2024年11月29日


最近のアスペルガー流行りについて
近年、「アスペルガー症候群ではないか」という言葉が、専門的な診断を経ずに日常的なレッテルとして使われる場面が増えている。こうした“アスペルガー流行り”ともいえる風潮に対し、慎重な視点の重要性を指摘する。
発達障害支援法の施行以降、社会的認知は大きく進んだ一方で、個性や対人関係の不器用さまでを安易に障害名で説明してしまう傾向も広がった。その結果、診断名が本来の意味を離れ、ラベリングとして独り歩きする危うさが生じている。
重要なのは「当てはまるかどうか」という分類ではなく、「その人がどのような困難を抱え、どのような支援があれば生きやすくなるのか」という実践的視点である。発達障害をめぐる議論は、診断の是非を超えて、社会の支援のあり方そのものを問い直している。
2024年11月28日


こころの病、まず相談の決断
人生における出来事は、身体だけでなく心にも大きな影響を及ぼす。とりわけ普通の人々は、家族の喪失と葛藤を通して、心の病と向き合う過程を丁寧に描いた作品である。長男の死をきっかけに崩れていく家族関係の中で、次男は抑うつや自殺未遂といった危機に直面しながらも、支えを得て再生への道を歩んでいく。
こうした心の不調は、誰にでも起こり得るものであるにもかかわらず、実際に専門家へ相談するまでには長い時間を要することが多い。祈祷や民間療法に頼り続けた末にようやく医療機関へたどり着く例もあり、心の問題に対する社会的理解は必ずしも十分とはいえない。
精神的な不調は特別な人だけの問題ではなく、生活や人間関係の中で誰もが直面し得る現実である。そのため、早い段階で相談につながることの重要性が改めて問われている。
2024年11月27日


だんらんにっぽん -愛知・南医療生協の奇跡-(日本・2011)
医療は専門家だけが担うものではなく、地域に暮らす人々の関わりの中で支えられていく側面を持つ。伊勢湾台風を契機に誕生した南医療生協は、まさにその象徴的な存在である。大規模災害後の混乱の中で、住民と医療者が手を取り合い、診療所から病院へと発展してきた歩みは、単なる医療機関の成長ではなく、地域そのものの再生の歴史でもあった。映画だんらんにっぽん -愛知・南医療生協の奇跡-は、その過程を支えた無名の組合員たちに光を当てる。そこに描かれるのは、効率や市場原理では測れない、人と人とのつながりから生まれる医療のかたちである。受け身の「患者」から主体的な「担い手」へ――住民参加型医療の可能性を問いかける作品である。
2024年11月26日


オレンジと太陽(英国・豪州 2010年)
歴史の中で語られにくい出来事のひとつに、国家主導の移民政策や家族分断の問題がある。映画オレンジと太陽は、20世紀のイギリスとオーストラリアで実際に行われた児童移民政策を題材に、親から引き離された子どもたちの苦難と、その後の人生を描いた作品である。
社会福祉士マーガレットは、オーストラリアから届いた一人の女性の「母を探してほしい」という訴えをきっかけに、過去に行われた大規模な児童移民の実態を明らかにしていく。調査が進むにつれ、国家や制度の名のもとに多くの子どもたちが家族から切り離されていた事実が浮かび上がる。
ルーツを奪われた人々にとって、「母」とのつながりは単なる家族関係を超え、自己の存在を支える根源的な意味を持つ。失われた記憶と再会への願いは、個人のアイデンティティの回復そのものと重なっていく。
2024年11月24日


ネルソン・マンデラの死を悼む
南アフリカのアパルトヘイト体制を終わらせた政治指導者 ネルソン・マンデラ は、27年に及ぶ投獄を経て解放され、その後初の黒人大統領となった。その歩みは単なる政治的勝利ではなく、報復ではなく「赦し」と「和解」を選んだ希有な実践として世界に記憶されている。
彼の人生は複数の映画作品でも描かれている。看守との関係性の変化を通して人間理解の深まりを描いた『マンデラの名もなき看守』(原題邦訳作品)、そしてラグビーを通じて国家統合を目指す姿を描いた インビクタス/負けざる者たち などである。さらに『マンデラ 自由への長い道』もまた、個人史と国家史が交差する生涯を映像化している。
対立を乗り越え、分断された社会を統合へ導く思想は、単なる理想ではなく現実政治の中で試された。その姿は、暴力の連鎖を断ち切ることがいかに困難で、同時にいかに必要であるかを示している。
2024年11月22日


第四十一回 LIFE!(2013年 米国)
人生は時に単調に見えても、その内側には豊かな想像と感情の世界が広がっている。LIFE!は、雑誌「LIFE」の写真管理部門で働く冴えない中年男性ウォルターが、失われたネガを探す旅に出る物語である。彼は空想の世界に逃避しながらも、現実の旅を通して少しずつ行動する勇気を取り戻していく。
北極圏からヒマラヤへと続く旅は、単なる冒険ではなく、自己変容の過程でもある。失敗や誤解、喪失を経て、ウォルターは他者との関係性や自分自身の価値を再発見していく。その過程で描かれるのは、派手な成功ではなく、静かな自己回復である。
人生(LIFE)は生命であり、生活であり、物語でもある。空想に閉じこもることと現実を生きることの間で揺れながら、人は少しずつ自分の「生」を形づくっていく。そこにこそ、この作品の静かな力がある。
2024年11月21日


強迫性障害◆完全主義の怖さを知ろう
人は「きちんとしていたい」「失敗したくない」という思いを持つが、その思いが過剰になると生活に支障をきたすことがある。恋愛小説家は、強いこだわりと不安を抱えた中年作家が、他者との出会いを通じて変化していく姿を描いた作品である。彼は不潔恐怖や確認行為といった症状に苦しみながらも、ウエートレスとの関係をきっかけに少しずつ世界との関わり方を変えていく。
このような状態は強迫性障害の一形態であり、過度な完全主義や不安の高まりによって、日常生活の自由さが制限されることがある。現代では治療法も進歩し、薬物療法と心理的アプローチの組み合わせによって改善が期待できるようになっている。
重要なのは「正しさ」や「完璧さ」にとらわれすぎず、状況に応じて柔軟に対応する力を育てることである。心のバランスを保つことが、よりよく生きるための基盤となる。
2024年11月7日
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