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院長コラム
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院長はこれまで、新聞連載や寄稿記事、専門誌、企業の社内報など、さまざまな媒体で執筆を続けてきました。
映画や文学を題材としたエッセイをはじめ、こころの健康や精神疾患、人間関係、社会問題などについて、それぞれの媒体の読者に向けて発信してきました。時代や読者層が異なっても、人間のこころへの関心は一貫しています。
このページでは、これまでに掲載されたコラムを媒体ごとにまとめています。それぞれの媒体でどのようなテーマが語られてきたのかをたどりながら、お読みいただければ幸いです。


共同作業の喜び、患者に自信
精神科医療の現場では、治療は薬物療法やカウンセリングだけにとどまらない。患者が社会性や主体性を取り戻すためには、「誰かと共に何かを成し遂げる体験」が重要な意味を持つ。精神病院では年間行事や文化活動、デイケアなどを通じて、患者同士やスタッフとの関わりが日常的に築かれている。
統合失調症をはじめとする精神疾患の患者は、繊細で傷つきやすく、ストレスに対して脆弱であるとされる。そのため孤立しやすく、自信や意欲を失いがちである。しかし、演劇や創作活動などの共同作業に参加することで、自分の役割を実感し、他者からの評価を受ける経験が回復への大きな契機となる。
映画ハーモニーは、精神病院での演劇活動を通じて、混沌とした個性が調和へと変わっていく過程を描き出す。そこには、医療の枠を超えた「人間的回復」の本質が映し出されている。
2024年7月17日


分かっちゃいるけど◆刺激求めギャンブル投入
「一攫千金」という甘い夢は、多くの人を惹きつける。しかし、その裏側には人間の脳の仕組みに根ざした強い依存性が潜んでいる。のるかそるかは、競馬にのめり込む主人公を通じて、ギャンブルの本質とその危うさを描いた作品だ。
勝つか負けるかという極端な結果と、その過程で生まれる期待や興奮は、脳の快楽中枢や新規探究心を強く刺激する。たとえ偶然の勝利であっても「次も当たるかもしれない」という感覚が繰り返され、やがてやめられなくなる。これは単なる意志の弱さではなく、心理的・生理的なメカニズムに基づく現象である。
「分かっているのにやめられない」という状態は、強迫性障害にも通じる側面を持つ。現代社会において、ギャンブルとの適切な距離感をどう保つかは、個人の問題にとどまらず、重要なメンタルヘルスの課題となっている。
2024年7月10日


ポストを巡る自己愛の病理
人は誰しも評価されたいという欲求を持っている。しかし、その自己愛が過剰になると、他者との比較の中で嫉妬や劣等感を生み、時に人間関係や組織を大きく歪める力となる。映画 アマデウス は、天才 ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト と、その才能に苦しむ アントニオ・サリエリ の対比を通して、この普遍的な心理を鮮やかに描き出している。
実力差を認められないプライドは、やがて嫉妬となり、心の内側で増幅していく。現実の社会でも、昇進や評価を巡る競争の中で同様の葛藤は少なくない。表面上は些細に見える「ポスト争い」も、当事者にとっては自己価値そのものに関わる問題である。
このような自己愛の病理は、時に攻撃性や内的な苦悩として現れ、組織の活力を損なう要因にもなる。現代社会において、他者との比較にとらわれすぎず、自分の位置をどう受け止めるかが重要な課題となっている。
2024年6月26日


地域◆支え合いはぐくむ原点
糖尿病と聞くと生活習慣による「2型」を思い浮かべがちだが、生まれつきインスリンが不足する「1型糖尿病」は、日々の厳格な自己管理を必要とする重い疾患である。映画 マグノリアの花たち は、この病を抱える若い女性と、彼女を取り巻く地域の人々の支え合いを描いた作品だ。
主人公は恋愛や結婚、出産といった人生の選択に直面しながら、病と共に生きる道を選ぶ。その過程で重要な役割を果たすのが、家族だけでなく近隣の人々による日常的な支援である。普段は衝突し合うこともある人々が、いざという時には自然に手を差し伸べる姿は、医療や福祉の原点を思い起こさせる。
現代社会では専門化が進み、ケアは制度や施設に委ねられがちだが、人が人を支える関係性そのものの価値は失われてはならない。地域のつながりがもたらす安心感と支援の力を、改めて見つめ直す必要がある。
2024年6月19日


第三十七回 サンキュー・スモーキング(2005年 米国)
禁煙が常識となりつつある現代において、煙草をめぐる議論は健康問題だけでなく、情報と価値観の問題へと広がっている。映画 サンキュー・スモーキング は、煙草業界のロビイストを主人公に据え、「正しさ」と「説得」のズレを鋭く描き出す作品だ。
主人公ニックは、煙草の有害性を否定するのではなく、論点を巧みにずらし、聴衆を納得させていく。その姿は、現代社会における情報操作の本質を象徴している。問題は真実そのものではなく、「どう語られるか」によって受け手の認識が左右される点にある。
また本作は、喫煙をめぐる是非を超え、「個人の自由」と「社会的責任」という普遍的なテーマを提示する。自己決定が尊重される一方で、その選択が他者や社会に与える影響も無視できない。情報があふれる時代だからこそ、何を信じ、どう判断するかが問われている。
2024年6月19日


知的障害者の純朴さ・実直さ
障害を抱える人と共に生きる家族の日常には、外からは見えにくい葛藤と負担がある。
映画 ギルバート・グレイプ は、知的障害の弟と家族を支える兄の姿を通して、静かにその現実を描き出す。
弟アーニーの行動はしばしば周囲を困らせるが、その無垢さや率直さは、打算や虚飾に満ちた社会とは対照的である。効率や知性が重視される現代において、彼の存在は「人間らしさとは何か」という問いを突きつける。
本作は、障害の有無を越えて、家族の絆や支え合いの意味を丁寧に描き、見る者に価値観の再考を促す。巧妙さではなく純朴さ、駆け引きではなく誠実さが、人の心を動かす力になることを示している。
2024年6月12日


ペットの存在が心の支えに
人と人との関係が複雑化し、孤独やストレスを抱えやすい現代において、ペットの存在がこころの支えとなる場面が増えています。言葉を持たない動物との関係は、ときに人間関係以上に深い安心感をもたらします。
本稿では、医療現場の実感や映画作品を手がかりに、ペットロスやアニマルセラピーといった視点から、人と動物の関係がもたらす心理的効果と回復の可能性について考えます。
2024年6月3日


酒は百薬の長か◆体むしばまれる依存症
「酒は百薬の長」と言われる一方で、過剰な飲酒は命を脅かす深刻な依存症へとつながる。映画 失われた週末 は、アルコール依存症に陥った主人公の転落を通して、その恐ろしさをリアルに描いた作品だ。飲酒は一時的な快楽やストレス解消をもたらすが、やがて心身の両面で依存を形成し、生活のすべてが酒中心に変わっていく。耐性の形成により飲酒量は増え、仕事や人間関係が崩壊していくのも特徴である。さらに、離脱時には幻覚やせん妄といった重い症状が現れ、命に関わることもある。「やめたいのにやめられない」という状態は、単なる意思の問題ではなく、病としての理解が必要だ。現代では治療法も進歩しているが、依然として多くの人が苦しんでいる。飲酒との向き合い方が問われる時代である。
2024年5月29日
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