快と不快を併せ持つ賭け事

朝日新聞朝刊 1999.3.6


 ギャンブルの魅力は、一夜にしてでも大金持ちになる夢が持てることだ。しかし、人は大金が入るとなぜか散財し、勤勉という文字が脳裏から消える。一度でも勝利の味を覚えると、年収の五倍、十倍と負けがかさんでも、いつか取り返せると、はかない夢を抱いて賭(か)け続ける。行き着く先は自己破産だ。  実は、ギャンブル依存は快と不快の本能を刺激するので、アルコール依存、薬物依存や過食症などとの類似性も指摘されている。  リチャード・ドレイファス主演の『のるかそるか』(1989年)は、庶民ギャンブラーの真骨頂を描いた作品だ。奥さんに見放される寸前のドレイファスは、もう賭け事はやめようと思い、ある日、最後の賭けに出て、競馬場に向かう。そこで大穴を二回当て、そして三回目に挑む。  賭け事をめぐる人々の考え方の違いが面白く描かれている。市井の人々がささやかなお金で賭け事に興じているとことがほほ笑ましい。ところが金融証券会社の投機となると、そうはいかない。  シティーを舞台にした英国映画『ディーラーズ』(89年)は、証券会社のトップディーラーが多額の損失を招いて短銃自殺する場面から始まる。その穴を埋めようと抜てきされたディーラーが、メリルリンチ社からスカウトされた女性とともに、のるかそるかのマネーゲームで会社を救う。しかし、心はぼろぼろ。二人で会社を去っていく。  賭けは怖いと思わせながら、二作品とも、最後の賭けには勝つし、男女関係もハッピーエンドだ。映画の都合のいいところではある。  心がすさむ恐れがなく、家庭崩壊を招く危険性がないなら、すでに賭け事ではない。賭けの魔力は、獣が獲物を追うように、生気をみなぎらせて立ち向かえることだ。  もうけるためなら危険なこともしたい、平穏な暮らしは壊したくない。現代人は、この二律背反を抱えている。